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ロジナールを頼んだらR09 one shotという名前の現像液が届いた。ADOXではADONALという名称でロジナールと同じ処方の液を出している。
なんでもロジナールは溶解済みの濃縮現像液として世界で初めて売り出された液らしい。ADOXのCMS20やRolleiのATPを使ってみようと思っている。
校正されたステップウェッジ(Stouffer)も届いた。濃度計のかわりにスキャナを用いて簡易センシトメトリーが出来ないかと考えていたが,思ったより簡単に実現出来そうなことが分かった。そこそこ実用になるようなら今後レポートしてみる予定。
フィルムで色々やるべきことは死ぬほどあるっ!!
キャノンの新しいカメラはこれ極まれりという感じだ(デジカメinfoの情報を見る限り)。が,面白くもなんともない。
市場が成熟し,新しいデジタル一眼やコンパクトデジカメに食傷となって久しいが,新たな方向はまだ見えてこない。フィルムの時代からカメラオタクは居たが,デジタルの時代になってさらに盛り上がったオタクたちもさすがに飽きて来たと思われる。
写真はカメラではなく,写真を撮ること,そして作品そのものに価値があるというアタリマエのことにシフトした人,そして初めからそれしかしていなかった人にとっては「何をいまさら」というところだろう。
徹底的に悲観した見方をすると,日本を中心としたカメラオタク文化産業は,メーカーもユーザーも一体になってフィルムを潰し,さらにはデジタルカメラをも潰しつつあるのである! そういう文化に加担して来た俺は大いに反省せねばならんと思うのでR。
光学や機械部分の技術は大事にしないといけないと思いつつも,それらの技術では絶対に出来ないことをデジタルでヤッテヤレ!という気持ちが強かったからだ。
しかしである。時が過ぎて,ミラーレスのデジタルカメラが具体化するにつれて既に多くの人が実感しているように,ミラーレス=電化製品である。
即ち機械部分と光学部分の技術で成り立ってたカメラという製品に,工業立国たる日本のアドバンテージは既に無くなった。鋳型に材料を流しこんでペッタンペッタンすれば作れるモノに成り下がったのだ。そういうカメラの口火を切ったのがオリンパスとパナソニックだと言えなくもない。
かつてのカメラ王国ドイツの牙城を崩したのが日本の一眼レフだったが,今度は日本が自らの手で自分の城を崩すきっかけを作ってしまったのかも知れない。これから勢いのある世界の家電メーカー(特にアジア勢か)が攻勢をしかけてくるに違いない。日本のメーカーにとってミラーレスは未来レスかもしれないっ。戦えるか日本のカメラメーカー。
近未来に機械のカメラがとうに無くなって,フィルムも無くなって,デジカメが全てアジア製品になっちゃってカメラに趣味の要素が全く無くなった時にこそ,そんなカメラで撮る人からほんとの作品が出てくるかも知れない...などと夢想してみる。モノを造るにも,それを使うにもソフトの力が求められる。
そんなふうになっちゃカメラ好きにとっては面白くないのだけれども。
645Dと思われるシルエットの後ろに雲が流れているのだ。その雲の映像がどこかで繰り返しているのは明らかなのだ。が,そのつなぎ目が分からない。俺の目がアホなだけか。
昨日電気屋に寄ってイマドキのデジタルカメラをちぇくしてきた。SONYのスイングパノラマは良いね。つなぎ目が分からない。
無限音階と言う話を昔聞いた。ある音が低い音から高い音へスィープして上がっていくのだが,いつまでも上がり続けるように聞こえて終わりが無い。ループのように繰り返す。
...そんな写真が撮りたい。
このプリンを再び暖めて数種類の液や粉を加えて透明なPETに塗ればモノクロフィルムの出来上がり。
この撮像材料の良いところは,光を当てるだけで画像情報を記録、保持し、多少の化学処理をすることで画像の表示(ディスプレイ)もし、さらに保存までしてくれること。
WikiPediaによると, 1827年ニエプスと言う人がアスファルトに光を当てるとその部分が硬化して水に溶けなくなることを発見したのが写真の最初だとか言われているが, 写真は生まれたその時から, 光そのものがつけた跡(記録)を保持して定着しディスプレイし, そのまま後世に残す存在であったのだ。
世は移り変わってデジタルの世界になったら,それに比べるとびっくりするくらい遠回りのことをやっている。記録, 保持, 表示, 保存のためには別々の道具が必要。そのルールも複雑怪奇。しかもなんと光を当てた跡そのもの、つまり現物が残らないことになっちまったのだ。
何故にフィルムで撮りたくなるのか。
デジタルによって写真が飛躍的に便利になったように感じている裏で失われた「光の点けた跡」。その喪失感に我らの原始のDNAが違和感を覚えるからに違いないと俺は思っている。ニエプスがアスファルトの硬化を利用するもっともっと前から, 俺たちの祖先はモノに光が当たって色あせたり, モノの形が重なった物体に写ったりすることを体験して来たに違いないのである。
デジタルによって失われたこのだいじなもの。これに気付いて気になってしまったが最後, フィルムは手放すことが出来なくなる。少なくとも俺は。原始の心が呼び戻された感覚だ。
得られる結果は同じなのに(いや, デジタルの方がずっとイイかも知れないのに)なんだか嘘っぽい感覚。並べてどっち?と聞かれて分からなくてもだ。
ダイレクトな光の跡が心を打ち,時には衝撃をもたらすことは言を俟たない。こんな話をしたら奥さんに例えが良くないと叱られた。
...忌わしくも強い光が人の影を石段に残してしまった記録。俺はいまだにその現物を見ていないが。二度とあってはいけない光の記録だが, けっしてこの世から消えてはいけない重要な現物の記録だ。
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そんな大事な原理をもつ貴重なフィルムの生産が終わってしまってはいけない。デジタルと共存するためには何をすべきだろーか。...つづく。
Photo of the Dayと名のつくサイトはあまたあると思うが、ナショナルジオグラフィックと言えば泣く子もだまるド迫力の写真で有名なこのPhoto of the Day。
ナショナルジオグラフィックが主に地球上のあらゆる被写体を追っている一方で、宇宙のあらゆる被写体を追っているのがNASAのAstronomy Picture of the Day。
古典的なページデザインだが、ここから気が狂うほどたくさんの過去アーカイブが見られる。
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日替わりの写真はないけれど、世界中のカメラを追っているのが驚異のカメラのアーカイブ, Camerapediaは前に紹介したとおり。
こちらはレンジファインダーカメラのみを追いかけた、レンジファインダーサイト
あれ、だんだん話がズレて来た。
最後はそのままズバリのサイト名Photo of the Day. 最新のデジカメを追いかける田中希美男さんのサイト。毎日何か書いてくれたら嬉しいんだけどな。
出て来る前から言うもの何だが、面白いものは直ぐには出てこないだろな。オリンパス/パナソニックまたはサムスンに毛が生えた程度であると予想。SLRのようなキカイ部分がないカメラは電気屋も作れるし、ソフトの部分は電気屋の方が得意だろうから、SONYやPanasonicの方が新しいカメラを出す可能性が高いというのは素人の想像か。
カメラというのは何故かブランド志向が強いから、しばらくの間日本のカメラは名前で売れると思うが、家電品はとっくに中国韓国にやられちゃってる。カメラが完全にデジタルになってメカのノウハウの優位性がなくなったら(つまりミラーレスのようなカメラが主流になったら)日本のカメラが家電品と同じ運命をたどるのは時間の問題なのだろうな。
まぁカメラだけの話じゃないのだけれど、その先のことも考えにゃならないから日本のメーカーは大変だ。デジタル技術が進めば進むほど、現状では日本の従来のものつくりの特徴が生かせない。デジタルモノでリードするためにはやっぱり半端ではないソフトウェアの技術を持たねばダメだと思うのだ(ヤスモノ作りだけで競争してもアジア勢に負けるに決まってる)。
それと同時に日本の職人達の持つ機械加工技術等を生かしたメカとのハイブリッドなモノつくり。生き残る道はこれしかない。今だからこそそんな職人を大事にして後継者を育てなければいけない。ここのところ続くデジタルもの偏重によって、何年後かに貴重なキカイもの技術が二度と復活出来ないなんて事にはならないかっ?!
スイスの機械時計の様なビジネスモデル。良く知らないけどあれはいいね。日本の職人技とデジタル技術を組み合わせて画期的にオモロくて他は真似の出来ないものはないもんかね。
追記:Nikon Rumorsの新しい記事 ニコン研究開発本部長へのインタビュー:中判デジタル否定。ミラーレスあり,やるならマウント変える。コンパクトカメラのセンサー大型化,考えてる。EVFはあり得るがまだクオリティが低い(からやらない?)。超音波モーター,研究中。ニコノス,個人的にはいずれ復活させたい。
コンピューターディスプレイ上に表示されるのではなく、実際に小さなボールが風で吹き上がるというアナログ感覚がまたたまらない。この見せ方は大正解だと思ふ。
昔、クリントイーストウッドが主演したFirefoxという映画があった(原作の小説もあったのだな)。ソ連が脳波で動かす戦闘機を開発し,それを米軍がかっぱらうというストーリー。ロシア語を使える人物が抜擢され途中パニックになりながらも見事任務を果たす。「Think in Russian」という台詞が印象的だった。
ああいうインターフェイスがいつか登場すると思っていたが、おもちゃだけれど実現出来る時代になったのだ。感慨深い。
さて、これはカメラに応用されるべきだろう。ヘッドセットをするのはカッコ悪すぎるが、シャッターチャンス、フォーカスは脳波で制御されれば便利に違いない。10年後くらいには実用化されるか?! Think in Russianだったら大変だ(^^)
ところで脳波ではないが、何故にキャノンは視線入力をやめてしまったのか。根拠ないが近いうちに復活する気がする。とりあえずここ1,2年で新しいことでやることなさそうだから、視線入力を復活させて差別化だ。
なお、このMindFLEX、ゲーム機と思うと直ぐに飽きそうな気もするが、バイオフィードバックの訓練に使えると考えればとても安くて実用的な道具ではあるまいか。改造ネタにも面白そう...。
まったく日本語はいろいろな表記があって困る。アルファベット、カタカナ、日本語読み、英語読み、全角半角... 最近の検索エンジンはそのあたりを吸収してどう入力してもうまく探し出してくれることが多くなった。
しかし例えば自分のブログに書く記事を内容ごとに分類するためにつけるタグ(YouTubeやFlickrやDelicious...等も同じ)などは、そのときの思いつきで入れるもんだから、同じつもりで記したNikon、NIKON、ニコン、Nikon、NIKONが別扱いになってしまうのはなんとかならないのだろーか。
さて、某メーカーの製品の型番に「4」を使わないのは縁起が悪いと考えるからというのは前に書いた。そこではアルファベットのDやTを「デー、テー」と読む様に徹底される。ダサイと思ってはいけない。ドイツ語読みだと思えばよい。
企業のこういったどうでもイイ話はいろいろあると思われ、秘密のケンミンSHOW的でオモロい。
そのときはまだ物欲のかたまりだったのだが。
今年は作品をつくることにパワーを注ぐのだ。お金はフィルムと紙と見せるための手段に使おう。
ホントか?
今に見ていろ俺だって!
CESのFlickrサイトがあるので、今年の見本市の様子がアップされるのを待とう。カメラ以外でも面白いもの、何か出てこないかな。
あちらの広告でペンタックスがやらかし、方々で取り上げられ笑いものになっている模様。
英語なので俺は直ぐに笑えなかったのだが、最後の単語がshiftなら問題なかったのかっ。
ちなみに翻訳サイトに日本語にさせてみると、
そうLithiumバッテリーが原動力となって、あなたは常にクソの準備ができます。
ペンタックス頑張れ!
サイト管理人の方の都合で遅れていたそう。今年は無いのかなと思ってたからちょっとうれしい。
デジカメ自体に食傷気味だが、直観的イメージで投票してみた。カメラが好きなブロガーはぜひ。
今年も相変わらず写真趣味を続けられた。感謝。
いくつかの新しい試みも出来たし,それを通して新しいつながりも出来た。その中でも今年のはじめにスタートした8x10が何より楽しかった。
自分の眼の性能をそっちのけにして,カメラの性能に必死になっているアナタ。緑内障を心配する年になってますよ。
緑内障は視野の一部が見えなくなり,気づかずに放置すると確実に失明するという恐ろしい病気だ。一部が見えなくなったらすぐに気がつきそうなものだが,右目と左目で欠損する場所が異なるため,普段生活していると両目が互いに補い合い,意外にも気づかないと言う。ある意味で脳の画像処理の優秀さ故なのだが,発見を遅らせるという意味でよろしくはない。
日本の緑内障発症率は40歳以上で6%近く。20人に1人となれば無視出来ない数だ。
写真好きの俺たちは,自分の眼の見え具合について比較的敏感なのかなと想像はする。片目でモノを見る機会が多い上にファインダーの見え具合がどのーのこーのと問題意識を持ってものを眺めるからだ。
片目で近くのモノを見るとき,盲点の存在が意外に気になることがある。そういうのに敏感な人は, ファインダーを覗いた時など, 自分の視野の一部欠損に気づくのは早いだろう。
ワイドショーのとくダネで,視野欠損を自己チェックする方法が紹介されていた。仕事に忙しい皆さんに代わって,私がチェックしておいたので,それを報告しよう。
まず白い紙に下のような図を描く。赤い点は中央の星の右側に描く。他の黒い点は,中央の星からの距離を守れば角度はどう描いても良い。
左目を閉じで右目だけで中央の星を見つめ,紙と眼の距離を30cmから35cm位にすると赤い点が見えなくなる。この位置に盲点があるわけだが,その状態で(中央の星を見つめたまま)星印を中心にして紙をゆっくり360°回転する。この過程で3つの黒い点がどこかで消失すれば,それは何らかの目の病気の可能性があるということだ。
左目でやる場合は紙を180°回転させて赤い点が星の左側にくる位置から同様に始める。
俺は少なくともこのテストでは見えないところは無かったのでひとまず安心だ。
初級機(K-x)、中級機(K7)、中判(645D)とラインナップが非常に単純明快。他社が35mmフルサイズを既にやっているのでそこで勝負しても負けるから、という賢明な選択で中判にチャレンジする姿勢。他社のプロ用中判とは一味も二味も違う庶民の中判デジタルカメラの登場を期待したい。
なお、撮像素子を平行移動のみならず回転移動も出来るというSRの技術。K7の発表会のとき田中希美男さんが言っていたのだが、レンズのシフト(ライズ,フォール)操作的に使うアイディアが出ていた。贅沢な話だが、撮像素子を大きめに作れば、どんなレンズでもシフト操作が出来ることになり、さらに一歩進んで、撮像素子と光軸の垂直関係もコントロールすることが出来れば、どんなレンズでもリアルなティルト、スウィング効果が出せるかも(しかも撮像側を動かすから被写体の形も変わらない)。
今まで普通の小型のカメラでどうしても出来なかった楽しみのひとつは「アオリ」。アオリの楽しさを知ってしまったら写真の楽しみは倍増するはずだと思うのだ。それがどんなレンズでも手軽に出来るとなれば面白く、これこそデジタルのデジタルたる仕事だろう(ジャバラカメラなら既にどんなレンズでも出来るのはゆーまでもない)。
EVFを覗きながら、シフトやティルトまで出来るとなればこれは楽しいに違いない。
ただ、機械的に撮像素子を平行移動したり傾けたりしなくても解決する方法はあるようだ。シフト操作は既に後処理で操作出来るのは言わずもがな。そしてティルト、スウィング操作は超高速撮影とフォーカスコントロール技術を用いれば実現出来そうである。なんだか面白くなってきたと思うと同時に、昔ながらのカメラはそんな面倒なことをしなくてもジャバラひとつでとっくに出来ていたという事実もまた感じるのでR。
それより少し前、来年の1月には南極だと。
スケールでかいです。日本のメーカーもやればいいのに。まずは来年のイースター島皆既日食がらみで。
デジタル一眼マニアック経由、Better Digital Photography
いかにもアメリカ的ド派手で下品な印象。そして当然のことながら広告の嵐。ネットの雑誌の未来は無いような気がする...。
まぁ今俺が情報を入手している様々なサイトを「オンラインの雑誌」と定義するなら、それは有用だけれども。
最近方々で行われているトラックバック企画というモノをマネしたいと思ってた。
さぁどうだ! キミもこんなカメラがほしいでトラックバックしてみないかっ!
さて、長いカメラの歴史のなかで数多くの銘機が生まれて来たのである。あっと驚くような斬新なカメラも多かった。ところが最近のデジタルなカメラはしばらくマンネリが続いていた。そんな中でマイクロフォーサーズはやや新鮮味を持っての登場であったのだが、すでにワクワクはなくなって久しい。
今のところ最も心躍るカメラはリコーのアレではないか。
実はそのリコーをマネただけという見方もあるのだが、こんなカメラが欲しいと俺は思った。その基本コンセプトをここに発表する。
名称:システムカメラ
仕様:レンズマウント交換式、撮像素子交換式フィルム&デジタルカメラ
構成:ベースボディ、レンズマウント部、センサーユニット部を組み合わせて作るシステムカメラ。
レンズ:市販の各メーカーのレンズを使う。専用レンズは一切なし。
シャッター:フォーカルプレーン
画像記録:RAW画像の記録のみ。画像は全てパソコンでの事後処理。
ファインダー:高精細EVF (光学ファインダー使いたいなら昔のカメラが遥かに良い)。
解説:
目玉は専用レンズを一切供給せず、市場に既にある各種マウントの銘レンズを好きなだけ使うためのマウント交換式であること。
撮像素子も好みによって選べ、技術の進化によって陳腐化することのないカメラ。ベースボディからはみ出てしまうが、体裁を気にしなければ中判のレンズや中判サイズの素子も使える柔軟性。
なんとフィルムフォルダを付ければフィルムも使える。
専用レンズを持たないこのカメラは、光学屋から出るものでもなく、また複雑な画像処理もしないから電気屋から出るものでもない。
次のページに、俺の高度なイラレの技術と3D CGソフトの技術を駆使してデザインしたクールで精緻でメタリックなこのカメラのイメージ画像を上げておく。
さて、コダックのサイトを見てみるとフィルムの種類が激減している。カラーポジはかなりラインナップを少なくしている。販売店に行くと販売終了品が激安で売っている。安いことはうれしい事だが、フィルムが減るのは悲しい。
今でもフィルム屋はアマチュアが普通には手に入れられないプロ用、特殊用途のフィルムを造っていて、そういうフィルムが流用されて一般のフィルムに使われる事もあるもよう。それを手に入れてちょっと珍しいフィルムを楽しむという高級な?楽しみが出来るのもフィルムの面白さだ。
ヨーロッパのフィルム販売店を探してみれば、日本では手に入りにくいおもしろフィルム(モノクロ)がかなり安価に手に入る。
いいかげんデジカメに嫌気がさしてる人は、激安(質感の高いカメラがほんとに安い)中判カメラを手に入れて、そんなフィルムを楽しんでみる方が1万倍たのしい。
君もフィルムを月に1本使うの会でフィルムを楽しみませんか。
会の目的は<デジタルな野郎も月に1本はフィルムを使って消費を促し、地球上から銀塩が根絶することを防ぐのだ>です。
決まりは月に1本フィルムを使うこと(100本使っても良い)。その中のベスト1を月に1回展示場にアップすること。の2つだけ。
今月からの試みとして希望者のみ、
(1) 月ごとのテーマを決めて戦うことに。最優秀者が次の回のテーマを指定出来る。
(2)厳しく批評して欲しい写真があればそのコーナーにアップするとメンバーが激辛評価をする用意も。
自分のブログに写真を挙げると、いつも義理でほめられるだけでつまらんとお嘆きの貴方へ。
※まだ(1),(2)とも実績はありませぬ。
現在メンバーは18人。写真については普通のアマチュア達です(多分)。ゆるーい会ですが、フィルムという現物に主眼を置く以上、ネット上のみのバーチャルな交流だけでなく実践で楽しくやりたいです。
さて、その工業写真誌の中で「平成写真師心得帳」を連載なさっていた柳沢保正氏が、先に行われた東京8x10組合連合会の写真展においでになられたのであった。俺は連載に目を通してはいたが不覚にも柳沢さんの名前が頭に入っておらず、展示会場で我々の写真を撮影してくださった氏に対して「誰?あの方は?」とメンバーに尋ねるありさまであった。
柳沢氏は元朝日新聞のジャーナリストで、衛星テレビ 朝日ニュースターのジャーナルAという番組でキャスターを勤める等、最近まで報道の第一線で活躍された方だ。
カメラ,写真に関しては特にクラシカルな大判カメラを中心に造詣が深く、それらの本も多数著していらっしゃる。
写真工業誌休刊によって、その連載が読めなくなってしまったのだが、嬉しいことにブログで「新•平成写真師心得帳」と題して続けてらっしゃるとのこと。最新記事は先日の写真展についてである。
8x10の写真に関して面白い切り口で歯切れの良いご意見を展開なさっている。日本にバイテンが入って来たのは戦後とのお話は目からウロコであった。
このブログ、チェックせねばならぬ。
ゲージツ的なアプローチを進める一方で実践的な技術、そして学問的な探求もしないとイケナイ。
レンズのことを少しは知ってみたい。名著 カメラマンのための写真レンズの科学 は良い本だが、カンタンにと言って書かれている光学の式が全く理解出来ない。リクツを詳しく解説をする本ではないから仕方ないのだが、これらをきちんと学んでみたいと思うのは、カメラオヤジなら一度は思う事であろう。
そこで幾何光学の教科書を真面目に勉強してみようと思うのだ。Max Bornというのは格調高過ぎるから、ヘクトを選んでみようと思うのだが、どうだろう。数学の勉強もしないといけない。
なお応用編ではあるが、光と光の記憶 も素晴らしく良い本だという気がする。すでにネットの方ではところどころ参考にさせていただいてる。アンビリーバボーに膨大で貴重な情報満載である。
銀塩プリントの探求。これは今あるお風呂場設備でまずは焼きまくってみることだな。いずれは8x10カメラを改造してバイテンを伸ばせる様にしたいとは思うのだ。
オルタナティブプロセス入門。まずはプラチナパラジウムを体験して(田村写真さんにお世話になって)からだな。鶏卵紙やサイアノなど比較的やりやすいものは試してみたいと思う。それにしてもいろいろあるのだな!(ここにはポラロイドの転写などの類いも紹介されていておもろい)。
プリントだけでなく、撮影感材も! と思ってしまうので、湿板/乾板というのも興味はある。その道の達人もたくさんいらっしゃるのでいずれは門を叩いてみたい。
..などとほざいてみたが、ほんとにやるかどうかいい加減な俺であるからわからないのでR。
たまたまマイクロフォーサーズがウケているだけのような気もする。デジタル1眼やその類いが気軽に買える嬉しい時代にすっかりなったのは間違いなく、だからもう特別なものではないから、どれ買ってもどうせ同じだろうという風に消費者が賢くなってきたのかも知れない。2強のカメラがカメラ野郎達にはあまねく行き渡り、そうではないフツーの人が、手頃なカメラとしてたまたまマイクロフォーサーズを選んでいるような気がする。
2強がマイクロフォーサーズと同じようなカメラを出せば、そっちが売れるに違いない。
今俺の手元にあるデジタルカメラ、こんな写りのよいデジタルなカメラが手に入れられるとは10年前は予想だにしなかった。技術の発達には感謝しなければならない。しなければならないが、それと同時にメーカーの作り出す工業製品にただ乗りするだけの文化にも疑問を感じているのもまた事実なのでR。
きっと真面目に写真に取り組むと、求める方向によるのだが、ますます現代のメーカー主導の製品が「おもちゃ」に見えてきて、こんなものに金をかけてアホかいな..?という不安に襲われであろう。俺は既にその感覚を感じているのだ。
カメラで遊ぶなら、カメラそのものにではなく、その遊んだ時間にお金を払うんだというおおらかな気持ちが必要であるに違いない。でないと特にデジタルの場合はダマサレタっ!ということになりかねない。
物理学賞でこれほど分かりやすい受賞は珍しいのではないかな。まぁ中身は難しすぎるのだが..。
本来、絵画や写真の表面を保護するのが目的と思われるが、筆やパレットナイフなどで作品の上に描けば、乾燥後に透明だけれどもギラギラと輝くテクスチャーとなるもよう。
まっとうな写真には邪道なのだろうが、大変に面白いと思ったぉ。
実際の手順を分かりやすく示したビデオ
ギラギラ効果はこっちのEco Eleganceの方でした。写真展などで使う人が増えそうな予感。
もう少し乾燥させないといけないのかも知れないが、なんだか緑色っぽい。...とそれよりもGekkoのサイトでダウンロード出来るICCプロファイルをまずは使ってみたのだが、画面でのプルーフと出てくるプリントの濃度がまるで違って、校正用にはまるで使えない。ディスプレイではずっと薄く、非常にコントラストが低く表示されるのだ。富士の紙のプロファイルを使った方がずっと出てくるプリントに近く見えるというのでは話にならん。
俺の使い方がどこかおかしいのか? まぁそもそもディスプレイで校正出来るなんてことを考えるのが甘いのだとは思うが、それにしてもなんとかしてくれ。
プリンタドライバの色補正を使うか、自前でICCつくるかしよう。
そうそう、グリーンラベルのバライタ風というのも使ってみないといけないな。
ペンタックスはおおむね良くなっているが、ショボイことには変わりないから、他社との連携を考えると。
ペンタックスがなくなるなんてことは無いだろうが、デジカメの時代になってから特に二極化が進んでペンタックスやオリンパスユーザーは心のどこかに不安を感じて使わねばならないのは精神的によろしくない。
まぁカメラを手に入れて、ガンガン使えば、そのあとメーカーがどうなろうが関係ないとも言えるのだが。
チョートクカメラ日記
Digital PENが出て間もなくの逝去となってしまいました。ご冥福をお祈りします。
さて、1つ前の記事でさらりと書いた8x10での撮影。曇り空を記念に撮っとこうかとカメラを開けてみてビツクリ。ピントグラスがバリバリに割れていた!
二重三重にくるんで来たのだが、どこかで力が加わったのだろう。曇りと雨に加えて故障...一気に元気がなくなったのであった。
とりあえずセロテープで醜く補修。
さて、第4接触が終わり、日蝕の全てのプロセスが完了した。中には最後まで見続けた人もいた が、多くの人は雨を避けて機材を片付け、バスの中で待機。晴天の下で見れなかったとは言え、雲にかかる月の影を直接身体で体験した人でしか分からない充実 感でバスの中は満たされていたのである(...と思う)。
さあ、日蝕観測後に用意されている観光に向けてバスは前之浜海浜公園を出発。種子島と言えばロケットの打ち上げ基地、種子島宇宙センターのあるところでもある。昼食をいただいた後、ここでしばし展示館を見学。
ロケットの実物の一部や模型などお決まりの展示だが、様々な軌道に関する記述を見てこういうのもまともに勉強してみたいと思ったのでR。
その後バスは千座の岩屋と呼ばれる海岸洞窟へ。波によって浸食されて出来た洞窟らしい。天気が良ければもっと素晴らしかったに違いない。
この辺りで我々の疲れはピークに達した。重い機材を運び、4時に起き、少なからずのガッカリで緊張の糸が切れたあと帰りのバスは、ガイドさんの観光案内も空しく響く睡魔の館と化したのである。
気がつけば宿に到着していた。機材を部屋に仕舞い込みしばし談笑。夕方からの時間は本来撮れたはずの写真品評会が予定されていたのだった。当然品評すべき太陽の写真は誰も持っていない。
夕食と同時にセットされたのは、オリンパススタッフの粋な計らいでビンゴゲーム大会。ビンゴの道具がないのでジャンケン大会だ。まずはお疲れさまの乾杯から。
食事を始めてしばらくして、司会の池田さんが息をはずませてマイクを握り、「急遽スペシャルなゲストにご挨拶いただくことになりまして、わたし今、心臓バクバクです...」と。とっさにピンと来ました。もしかしてあのビンボーな..
天気予報は九州一帯から吐噶喇列島まで曇りまたは雨。種子島の降水確率は50%。気分は重苦しいが5時の出発に合わせて各人用意してきた機材をバスに詰め込んだ。
オリンパスのスタッフも、バスガイドさんも我々にどう言っていいのか困惑するくらいの重い雰囲気。バスが明け方の重苦しい曇り空を出発すると、ぽつりぽつりと雨も落ち始めて来た。
目的地に到着するまでが長く感じたが、現地の浜辺は日蝕を見ようとする人々がちらほらと集まりかけていた。本来はバスの駐車場と観測地はけっこう離れていたのだが、この雨の中機材を持って歩くのは大変ということで、バスの運転手さんが観測地の近くまでバスを入られるよう交渉してくれた。
さて、機材を出して海岸へ。持って来た機材がこんなに重く感じられるたことはない。しかし奇跡が起こる事を信じて気合いを入れる人多し。ここまではるばる来たのだから。
オリンパスが用意してくれた撮影地は、それは素晴らしいところであった。白い砂浜の海岸。波打ち際から100m位離れた場所で、太陽の方向(=海の方向)は下に傾斜しているので、万一他の撮影者が我々の前に陣取っても邪魔にならない。
幅80m 縦30mのエリアに48人だから横一列に並んで余裕で機材を広げられる。これで晴れていたらどんなに素晴らしい環境だったか!
天気が悪かったせいもあるが、周囲の人の数はまばらであった。というより、この環境があまりに広くて素晴らしいからそう見えたのだと思うが。テレビで見た悪石島などの混雑具合とはまるで違う。日蝕観測には絶好のロケーションだった。皆既時間が短いことが訪れる人を少なくしたと思われるが、それが逆に幸いで今回の日蝕の超穴場であったことは間違いない。なかなか素晴らしい選択だったよ、オリンパス!
西之表市の市役所前のがじゅまるの木。小学生のとき社会の教科書に出てきた「がじゅまる」という音が面白くて記憶に残っていたのだが、40年が経過した今、ここで実物を初めて見るとは思わなんだ。
博物館(種子島開発総合センター)の入り口。
種子島と言えば鉄砲。鉄砲と言えば種子島。この博物館の鉄砲の品揃えには素晴らしいものがあった。また俺は無知だったのだが、種子島は良質の砂鉄が採れるということで鉄砲の制作技術を引き継いで、包丁、鋏の生産では有名らしい。値段も意外に安い。
さて、南国の太陽の下、ちょっと目眩がして足下がふらつき始めた頃、良いタイミングで種子島一番のホテルニュー種子島に戻った我々は涼しいホールへと案内された。思ったより広くて立派。ここで日食前のセミナーが行われたのであった。
大川先生の解説は極めて実践的内容。シミュレーションソフトを使って、詳細な日食の各現象とそのタイミングの紹介。また1 画面に連続して複数毎の写真をおさめるための画角とカメラを向けるべき方位角と仰角などを教えてくださった。
正直、カメラ屋オリンパスのツァーなので、天文的な解説まであまり期待していなかったのだが、カメラマン斉藤先生も日食の撮影経験が豊富で、様々なノウハウを楽しく紹介してくださった。オリンパスからは事前に注文していたD4(1/10000減光)のNDフィルターや日食観察グラスが配られるなど、日食撮影のための準備は非常に満足のいくものだった。オリンパスのスタッフの皆さん、先生方に感謝。
なお、セミナーの後お待ちかねの懇親会があったのだが、お酒も入り大川先生の解説するシミュレーター(エクリプスナビゲーター)で日食前夜の会場はおおいに盛り上がったのであった!
最後に明日の晴れを祈願して斉藤先生による一本締め。
これらにフィルムホルダー、シートフィルム、デジタル1眼とレンズ、こまごましたデジタルモノ、三脚、地面に敷くビニールシートやら雨よけやらの野外用品、着替え等の生活品など合わせて20キロ超える。
はたしてぶっ倒れずに帰って来れるか。
...さて、平日のヨドバシは空いていたのでついでにE-P1をじっくりいじって来た。目をつむって持った感じは適度な重さで中々良い。目をあけてみると、今更言うけれどもなぜに軍艦部分とそれより下の部分が明確に分けられているようなデザインにしたのか。PEN Since 1959と書かれたあの金属の板によって、まるで海に浮かぶ軍艦のジオラマ模型みたいに上っ面だけ取って付けました的なアレは、積極的なデザインのポイントなのだろうが。上は1959年、下は2009年なのだろうか。
あの金属の板によって例えば左のダイヤルが回しにくいことこの上ないではないか。俺が小学生のとき使ったPenSは似たようなダイヤルがフィルム巻き上げダイヤルとして付いていた。親指の腹全面を押し付け、力一杯回すのに最適だったその感覚がE-P1で味わうことが出来ないことにイライラするではないか(まぁモードダイヤルなんてむしろ簡単に回らない方が良いというのは分かってるけれど)。
そして、背面の液晶を見ながら、ボタンをポチポチといじって所望の絞り値に設定するまどろっこしさは俺の許せるカメラのインターフェイスの限界を超えている。シャッター押しただけで全てお任せのコンパクトデジとして使うならそれでも良いのだが。
またケチつけちゃいましたぁー。
ムービーは止めたぉ。
さて、ミラーボックスの無いレンズ交換式カメラの規格。発表当時はエキサイトしたが、時間が経つにつれ俺の気持ちはトーンダウンした。一つには、時期的にまだあっと驚くデジタルたる機能が搭載されるのはまだ先だという読みがあること、そしてもう一つはそれ故、オリンパスが旧いPENのデザインを売りにするくらいのことしか出来なかったことに萎えたからだ。
良いカメラには違いない。もし、デジカメを初めて選ぶなら躊躇無くこれを手に入れていたと思う。が、今の俺にとってはどの4/3もマイクロも形は少し違うが、同じ絵を出すキカイでしかない。あと3年経てばオモロいカメラがまた出て来るだろうから期待して待ちたいものだ。
考えてみれば、オリンパスのカメラがどうのこうのと言う訳ではなく、デジタルカメラ自体に飽きが来ているのは間違いない。新しモノ好きのカメラファン達は、かつてデジタル一眼がなんとか小遣いを貯めれば買える値段になると見るや飛びついた。それ以来新しいデジカメが出るたびに飛びついた。何度も飛びついてみたが、気がついてみればどれも同じような写りのカメラが増えるだけで、脚が疲れただけだった。
少し真面目に考えてみるに、カメラとそれによって写された画像を伝達手段の1つと見るか、最終的に実在するモノと捉えるか(単なるデータと見るか、実在するアートと見るか)によっても大きく違ってくるのだが、実在するモノと捉えた瞬間にデジタルの道具は非常にはかない。
例えば今まで俺が知らなかった「モノクロファインプリント」という世界を垣間見ればまだまだデジタルはその真似ごとをするおもちゃでしかないのは間違いない。これはたくさんのホンモノを自分の目で見て触って理解するしかない。俺はまだろくに知らないのだが。
だからながーい歴史のある銀塩(ゼラチンシルバー)、そしてそれ以前の手法がデジタルに置き換わったなどというのはとんでもない話で、デジタルは今のところ「利便性」というただ1つの側面において突出しているだけの手法のようなのである。
そう考えると、今貴重なこの時期とおカネをデジタルカメラだけに使うのは非常にもったいないのである。デジタルで写真に戻ったのをきっかけにして、今でしか味わえないかもしれない本物の世界に触れずに死ねるかっ! と思う俺なのでR。
最近大きいフィルムを自分で処理してる中で、ちょうど空の部分の中間的なトーンの中に直径コンマ何ミリか位の中心がやや周囲より濃くて、周辺にいくに従い濃度が下がるスポット状の画像をいくつか目にした。デジタルならフォトショップ等でちょちょいと直せるが、フィルムだと焼いてから修正するのがけっこう大変。
自分の処理がいい加減で、その過程でなにか起こっている可能性あり、フィルムのせいにしてはいけないかもしれないが、これはフィルムの故障かもしれない。
フィルムの最上層にはプロテクトコーティング(PC)と呼ばれる薄い層が塗ってある。乳剤層にオイル状の小さな固まりがなんらかの理由で生じて、それが表層に浮いている状態でPCが上に乗るとその部分のPCがはじかれてうまく塗布されないことがある。
それがスポットになり、この部分が処理の際に過剰に現像されるので周囲と濃度が変わってしまう と記憶している。
生のフィルムを肉眼で見てもほとんど分からない。中間グレーの露光でいちばん良くわかるので、ちょうどシャドウやハイライトの部分にそれがあると気付かないことが多い。
完全に無くすことは難しく、製造のロットにより多い少ないがある。抜き取り試験でチェックし、あまりに多く発生している場合は当然出荷しないなどするのだが、まぁそれに当たってしまうことも無いとは言えない。要するにメーカーの品質管理の問題だ。
富士だろうが、コダックだろうが発生する模様だが、最近気になっているヨーロッパの細々と造られるモノクロフィルムの場合はどうなのか(つまり多いんじゃないかなーとやや心配)と、まだ使ってもいないのに軽く心配してる(ローライのブランドのは使ってみたが俺の微々たる使用量では全く問題なかった)。
...そんなこと心配するよりさっさと写真撮れ。俺!
ともかく中身は羨ましい。CHDK – stands for Canon Hack Development Kitというのが有名らしくコンパクトカメラ向けらしいが、Canonのファームウェアにアドオンする形で取り込み、機能を追加するというもの。
RAW記録モードのないコンパクトカメラがRAWで撮影出来る様になったり、シャッタースピードが64sから1/60,000秒まで拡張されたり、ブラケティング機能にフォーカスの調整まで出来たり、スクリプトが使える様になったり、モーションディテクション...etcなど付加される機能は多い。
また5D MarkII用にMagic Lantern Firmwarというのが開発されており、
- On-screen audio meters
- Disabled AGC
- Manual gain control
- Zebra stripes (video peaking)
- Crop marks for 16:9, 2.35:1 and 4:3
- Todo list for more ideas
全くわからない世界だが、Canonがファームウェアを公開するとも思えず、ユーザーが中身を解析して開発したのだと思う。ユーザーが多い道具というのはこういうことが起こるから楽しい。
分けも分からずに下手に利用するとそれなりのリスクを伴うであろうが、遊ぶには最高にオモロい気がする。オリンパスユーザーとしてはCanon使いが羨ましい。
価格.com の記事よりこの結果は一過性のものだと思うが。
価格.comの主要カテゴリのアクセス数の伸びについての記事が掲載。カメラカテゴリでは、デジタル一眼の人気に陰りが出てきており、最近ではコンパクトのほうに人気が集まってきているとしている。
しかし、オリンパスのマイクロフォーサーズE-P1の登場がきっかけになり、そうしたカメラの出現が普通になって次第にデジタル一眼とコンパクトカメラの区別が世間では曖昧になってくる予感。従って、こういう統計も次第に意味が無くなってくると思われ。5年後はさらにムービー機と混在して訳の分からない世界になっていると予測。
...そんな混沌とした状況になってもフィルムカメラとフィルムと、そしてさらに古典的な手法は無くならずに残っているのでR。
実はチョートク先生の本は、今まで本屋で立ち読み程度しかしたことが無かった(^^;;)。最近出たこの本はちゃんと購入。
デジカメが名機に、そしてブランドになり得ないわけ、ライカ等を初めとするブランドカメラとの本質的な違い等、氏の独自の視点から語られていて楽しく読めた。シネマのところは古いお話ですが自分にとっては全く新鮮。シネマキャメラにも精通していた方だったのですね。
デジカメの歴史は始まったばかり。とは言え、このまま電子機器の群れとして消耗され出ては消えて行く運命となるのが濃厚だが、果たして銘機として残るものが今後生まれることはあるのだろうか。
ソニーのマビカ。カシオのQV-10、あたりは名機だと思うが、今は使えない(使ったとしても実用度が極めて低い)という点からかつての銀塩カメラの名機とは比べられるものではないとチョートク先生は言う。EpsonのR-D1くらいのカメラが今のところかろうじて残る名機と言って良いだろうか。俺はM8はR-D1の二番煎じだから名機だとは思わない(しかしR-D1はライカの真似であるのはゆーまでもない、しかし!...)。
デジカメWatchのアンケートをみてそう思った。ちなみに俺は購入予定無しに投票した。購入予定無し組が意外に多い。笑っちゃ悪いのだが、共感するところおおあり。...苦笑いだな。
写真を仕事にしている人はともかく、カメラについてアーでもない、コーでもないと文句を言って、しかも銀塩がやっぱりいいなどとほざいているのは、贅沢きわまりないのかもしれない。
俺も遊びの金がとっくに底をついたので、これから厳しい。仕事頑張るよっ。
さて、そんなことよりも、もう笑った人も多いと思いますが、Will it Blend?というタイトルのコマーシャルシリーズ。アメリカのミキサーのメーカーのウィットに富んだ宣伝だ。
俺は初めて知ったのだが、これは笑える。とってもアメリカらしいおバカだけどちょっと癖になるビデオクリップだ。オリンパスのDSLRとコンパクトデジを混ぜるなんていうネタをきちんと見つけてくるってのはまさにグッドタイミングで、単なるミキサーの会社にしておくのは惜しいよっ。
オリンパスのカメラもスゴい勢いでBlendされるが、iPodもすごいよっ。
Wikipediaの解説の下にあった関連するリンクで、シュレッダーメーカーのやっぱり同じような発想のビデオも見たけど、これはまたスケールがデカ過ぎだっ!
その後、しばらくしてからディスプレイの白い部分を眺めながら手に持った直線PLフィルター越しに覗いてみたら、なんとブラシがハッキリ確認出来るではないかっ!!
Wikipediaの図にある様に黄色と淡いブルーの亜鈴型が互いに直交している像だ(その図よりもずっと淡く見える)。PLフィルターを回転させると像も交差している点を中心に回転する。液晶ディスプレイの偏光軸と手に持ったPLフィルターの偏光軸が45度に交わるくらいのところで最もハッキリ見えた。
面白いもので、どんな形でどの程度の大きさなのか分かると、手に持ったPLフィルター無しでも真っ白の画面上にあるブラシを確認出来る様になった。PLフィルター無しで頭をディスプレイ面に平行に回転させると、頭を回転させた方向と逆向きにハイディンガーのブラシが回転する様に見える。
なお、直線PLフィルターより濃度がかなり薄くなって見えるのだが、円偏光のフィルターを手にもってくるくる回してもハイディンガーのブラシが回転することが確認出来た。こちらの方が互いの偏光軸が直交してブラックアウトすることがないので見やすいという人がいるかもしれない。
うーん、オモロい。こうして見える偏光は、偏光フィルターを使って見たように反射面の光がカットされる現象とは全く違うが、今まで偏光による現象が自分の裸眼で確認出来るとは思っていなかったので、なかなか感動的でR。
なお、錯覚じゃないの? と思うかもしれないが、手に持ったPLフィルターとディスプレイの偏光軸のなす角度と、ハイディンガーのブラシの黄色とブルーの十字の傾きの角度に相関があり、何度やっても再現性があるので、俺の気のせいではなさそうだ。
PS: ネットで調べてみると偏光軸の方向にはブルーの方の亜鈴が伸びるようなことが書いてある。ところが俺の場合は裸眼で頭を左右に傾けると、上述した様にブラシの十字が回転する様に見えるのだが。そうなると話が合わない。
ま、それはさておき、頭を水平に保って見てみると、俺のiMacのディスプレイは直線y=-x方向に偏光軸があり、Dellのディスプレイはy軸方向に偏光軸がありそうだ。
また、置き時計のPLフィルターをかざして見るとブラシが90度回転して見えるので、このフィルターはπ/4だけ位相を変える偏光板だということも分かる。すごいぞ、人間の目!
ブログランキングに投票システムがあったので、作ってみたぉ。
サーチエンジンという枠で無理矢理GoogleとWolframを比較してみれば、Googleが「ほらよ、集めて来てやったぜ!」といって我々に結果を放り投げるのに対して、Wolframの方は「ボクが自分で考えて出してみたんだけどどうかな?」という感じで、褒めてあげたくなる違いとでも言おうか。
そういう意味ではGoogleに新しい刺激を与えたのは間違いないとは思う。
Mathematicaが手に入れられない俺としては(まぁ中高生レベルのことしかしないんだけど)無料のMaximaをちょぼちょぼ使わせてもらっているが、このWolfram|Alphaの登場で、全てウェブブラウザで事足りる気配がしてきた。
ふと思って、Wolfram|alphaに "DOF"と入れてみた。果たして下のような嬉しい結果が得られた。
当然オレンジ色の枠内の数値を変えて = ボタンを押せばその数値に合わせて再計算されるのは言うまでもない。ちなみに初期設定のCircle of confusion(許容錯乱円)は35mm判のそれだから、4/3なら0.017mm位を入力する(ちなみに8x10なら0.2mmってことになってる)。
その他にOptical aberrationなどと入れてみたら、それらしきものが出て来たけれど、幾何光学など全く分からないので悲しい。きっとカメラ周りでも知識があればいろいろ遊べるに違いないのでR。
行こうと思いつつ、忘れてた。明日最終日だから気分が乗ればいってみよう。
言うまでもなく銀塩のカメラ達が激安な時代なのだが(まったく皆んな分かってないねぇ、今だからこその銀塩なのにデジタルデジタルって...)おかげで気付いている人はとってもお得で楽しいカメラライフを送っている。
さて俺の中古カメラの入手ルートの2/3はヤフオクだ。なんつっても安い。中古専門店は安心感を買うわけだから高いのはしょうがないが、それにしてもその差は広がる一方だ。
毎日のようにヤフオクのウオッチリストに上がってくるのは90%が速攻ゴミ箱行きだが、残り10%の中の一部に少しだけ気になるものがあってその中のまた一部に「おっ」というものがたまにある。
まだまだ十分ではないが、出品物の写真と文章と過去の経緯をみればだいたいそのブツがまともなものかどうか判断するカンが養われてきた。今まで明らかに失敗と思えるのは2件だけ。まぁそれも選択眼を養うための授業料と思えば安いものだ。
ネットでのオークションは失敗しても笑って済ませるくらいの心の余裕が必要だと思ってる。だからうんと高いものは仕方ないけどショップで実物を見て買わないと。
ところでヤフオクにエボニーの11x14が出ていて心躍る。これでも市場価格と比べれば十分に安いと思うのだが俺には縁のない値段だ。
カメラオブスキュラを見たワクワク感がカメラに興味を持つ正しい原点なのである。どんなに技術が進んでも、いや進めば進むほどカメラオブスキュラの単純さ故の新鮮さにハッとするのだと思う。この感動なんとか留めておきたい、他の人にも見せたあげたい という強い気持ちから写真術が発達してきたというのが痛いほど分かる。
だから今時の子供が、ケータイやその他のデジタルガジェットからしか写真を体験出来ず、そのまま通り過ぎてしまうとしたらそれは非常に悲しいことなのである。今の小中学生のガキどもは、写真を全く知らない、興味ない...。
一家に一台。カメラオブスキュラ。...そして大判フィルム写真が当たり前に...(ちょとムリか)。
今タイムリーなフェルメールの「レースを編む女」。カメラオブスキュラを用いて描いたDOF的絵画だということになってるが、一方で遠近法の消失点が見つかったからそうではないという説もあるようで、なかなか興味深い写真と絵画の世界でもある。
さてこのK-7、大筋においては順当な発展型で特に画期的というほどのことは無いようだけれど、気になるカメラであることは確かだ。細かいところにちょっとした新しさと工夫が施されている模様。そして何より小型でそこそこ重く、昔のカッチリとして質感溢れるカメラを彷彿とさせるのではあるまいか。
さて、俺はこのK-7のモードダイヤルが羨ましいと昨日書いた。それからフォーカスモードの切り替えボタンもだ。もちろんこの2つがダイヤル式(スイッチ)になっているカメラは他にもあるのだけれど、DPreviewに掲載された大きめのK-7の各部写真を見て改めてその必要性を感じたのだ(写真はDPreviewから拝借)。
なぜそうしたかという理由をネット上のオリンパスへのインタビュー記事で見た記憶あり。たしか「プロはモードを頻繁に変えることはないから」らしきことが書いてあった。ここでもまた「プロ」かよっ! と思ったが、仮にそうだとするとなおさらダイヤルにすべきだと思うのである。
俺のイライラの原因は、めったに変えない操作だけど、咄嗟に変える必要が生じたまさにそのときに操作不能に陥ることにある。めったに変えない操作だからこそ迷い無く操作出来る位置にダイヤルやスイッチがなければならないという逆説が成り立つ。
当然、頻繁に変える操作も分かりやすい位置になければならない。それは目をつぶっても、ファインダーをのぞきながらでも指の感覚で操作出来る位置にないといけない。
だからレンズに絞り輪もなくしてはいけないのだ。ボディのダイヤルで絞りを操作出来るようにしつつも、レンズの絞り輪でも操作出来るようにしておく。昔のカメラは真っ暗な中でファインダーものぞかずに絞りのクリックを指先で数えて素早く所望の絞り値に設定出来たもんだ。そんなシーンに遭遇することはめったに無いのだが、いざというとき「あれ、なんで出来ないのよ、こんちくしょー」となるのである(ちなみに真っ暗な中での撮影と言えば、蛍や星野写真などけっこう身近にあるものだ)。
だいたい、今のデジタル一眼レフを操作しててふと気づくことだが、左手が暇になってしまっている。オートフォーカスだからピント合わせもなく、左手は何もしないまま右手だけダイヤルチロチロ、ボタンポチポチで忙しい。左手に仕事をさせてあげる為にも絞り輪復活を願いたいものでR。
そういう意味ではパナソニックのレンズは偉いのである。今のマイクロ用のレンズは絞り輪付いてるのかどうか知らんけど。
昔は普通に出来たことが今やりにくくなっていることと言えば、無限遠のフォーカス合わせがある。星や雲を撮るとき、昔のまともなレンズであれば何も見ずにカチッと音がするまで距離輪を無限遠めがけてぶつけ、即シャッターを切ることが出来た。今のAFレンズは、特にコントラストAFのためか? 無限遠を超えたところまでピントが動くようになっているようなのでそれが出来なくなった。
無限遠にあると分かっている物にもカメラを向けピントを合わせなければならない。AFに任せようとしてそれがコントラストがなくてピントが迷うような被写体となればイライラが頂点に達する。望遠でベストの構図決めた後にこれがあるとがっかりする。なんかいい方法ないもんですか。
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カメラのインターフェイスというのがどのくらいまじめに研究されているのか知らないけれども、こういう所にこそメーカーの、そして設計者の思想が現れるだろう。どうも最近オリンパスに対するケチばっかりつけて気分の悪くなる人もいると思うけれど、E-3とほとんど同じスタイルのE-30にこんどはモードダイヤル付けたりと、少なくともインターフェイスに関しては無思想のオリンパス。こんど登場するマイクロも推して知るべしとなってしまうのかっ?
さて、E-3持って運動がてらの散歩にでかけるかっ。
ユーザーにとっては貴重な記事でもあり、不安でもあり、やっぱりねぇとも感じるところもあり、ほんまかいなとも思うし、他のメーカもあるのでは?とも思う。
キャノンだけ事故多発とあるが、俺の記憶では少なくともニコンにはシマシマ発生問題があったと思うし、オリンパスも最近E-30のファインダー不良の問題があった。ただメーカーが正式に認めたかどうかの差なのかもしれない。まぁそうは言っても確かにキャノンのトラブルが多いのは確かだ。
少し前に多発した食品業界のトラブルのようなことが一般工業製品に流行らないことを祈るぉ。
追記:忘れてたけど、オリンパスには12-60mmレンズのオートフォーカス不具合というのもあった(俺のも該当ロットだったが、未だに修理に出してない)
こんな製品があるのだな! ちょっとドキドキしたぉ。VRX-2000。ほすぃ。
129万円と大変お安く、これは個人でもレコードがカッティング出来るというモノ!!! 素晴らしすぎ。カッティングマシンと言えばたしかノイマンのSX70。上のリンクにもある様に軽く1千万を超えるブツらしい。
このVRX-2000はダイレクトにビニール盤にカットするだけで、量産するラッカー盤をつくるレベルのものではないとのことだが、軽自動車+αくらいの値段で、普通のレコードプレイヤーより一回り大きいくらいのコンパクトなカッティングマシンが買えてしまうというのがなんとも楽しいではないかっ! とても贅沢な趣味が出来そう...。やや詳しい解説はこちら。
もちろん俺は買えないから学研の大人の科学の付録でたのしむのだぉ。
100万円で乳剤が調製出来てキャビネ幅くらいで塗布してくれるホームフィルム製造機が出たらスゴいんだけどと思ってみた。富士やコダックがフィルム販売をやめても何も恐くないお!
セイコーインスツルが数年前から時計研修センターを設立し、社員へ機械式時計を体系的に教育することにより時計技術の復活を図っているもよう。かつて機械式からクォーツ式が主流になったとき、市場の動きに合わせて、かつて持っていた機械式時計の技術やそれに携わる技術者を減らしたことに危機感を持ったに違いない。
技術の進歩によって無くしてしまっても良い技術と、そうではない技術があるだろう。機械式腕時計のように一朝一夕では出来ない技術、一つ一つに職人の技を封じ込めなければ出来ないモノなど、なくなってしまっては国家の、いや世界の損失になってしまう技術というものがある。
カメラもそうだと思うのだ。腕時計に比べると実用度も高く、値段も安いカメラではあるが、かつての光学技術、機械の技術がなくなってしまってはとても悲しいのである。数年前水戸ニコンがかつてのレンジファインダー機Nikon S3とSPを復活させた。いまどき...という声も少なくなかった気がするが、あれはNikonの精密機械技術を継承しなければイケナイという動きだった。
数少ないながら、俺も機械式カメラ絶頂期に造られた名機をいくじって見たけれど、今のカメラは到底太刀打ち出来ないレベルの『モノ』としての存在感を感じるにつけ、人類は今後こういうモノを造れなくなってしまっても本当に良いのかという思いに耽ってしまうのでR。
5年でゴミになるカメラを狂ったように生産し続ける日本のメーカーよ大丈夫か。
そしてライカよ、機械式をやめるな。コシナよ、世界中の機械カメラのメーカーよ、ガンバれ。みんなデジタルデジタルと喜んでいる裏で、かつてのクォーツ時計崇拝で失敗した経験から何かを考えている人は居るだろう。フィルムについても同じようなことが...。
デジタル一眼が当たり前になり、あのときの落胆は昔話となった。35mmフィルムのスキャン画像を完全に(?)凌駕したデジタル一眼の画質には全く問題ないと思っているのだが、なぜか飽きが来ていることもまた事実。デジタル一眼の絵はキレイすぎるというか、破綻が無い当たり前の画像というか、面白みがないというか、フラット過ぎるというか、一言で言えば「ワクワク感」が無くなった。
ちょっと前までは、その画像の鮮やかさにワクワクどきどきしたものだったが、それが当たり前になってしまうとこれがまた面白くもなんともない。オリンパスで言えばE-1やE-300の個性のある色のカメラが見直されているのはそういうことが関係していると思うし、フルサイズのデジタル一眼が注目されるのも、価格が安くなって再び手に入れた35mmのボケが新鮮に感じられるからだろう。この先フルサイズが当たり前になったとしたらまた飽きてしまうかもだ。
そういう意味でオリンパスのアートフィルターとやらは意味があるのかも知れないということは前に書いた。下手にパラメータ等調整が出来たらかえってつまらなく、一発撮りで決まってしまう割り切りが大事ということも分かる。いっそのことE-450DayDreamやE-450PopArt等の専用機を出すくらいまで思い切るべきだ。とは言っても俺はこのアート何とかに興味はまるでない。
さて、今日は天気がいい。カメラ持って出かけよう!となったとき、どうも心理的にE-3に手が伸びにくい。そしてフィルムのカメラがバッグに入る。それも中判以上だ。次に入れようと思うのはR-D1。これはデジタルのつまらなさが全く無い唯一のデジタルカメラだと思う(M8もそうだろうが)。
直ぐにネットに上げたいとき、E-3の出番が実は一番多いのだが、心理的な楽しさは1ランクも2ランクも劣るのだ。E-30だろうがE-630だろうが、E-450だろうが、G1だろうがきっとみんな同じだ。つまらない。他社のデジタル一眼も同じであることはゆーまでもない。
望むべくもないだろうが、オリンパスのマイクロフォーサーズの高級機とやらが、趣味性を追求したブツに仕上がってくれたら楽しいかもしれないが、それに見合った収差の残った画像等あり得ないので、そんな期待はお門違い極まりないのだ。物珍しさで買ったとしても結局出て来る絵はEシリーズと同じだから後悔するに違いない。せめてデジタルバリバリの新技術を眺めて感心する程度にしておこう。
...と今更ながらつまらないことをほざいてみた。だから何がしたいのか...わからない。
純粋に撮影が好きな人はこんなくだらない事は考えないに違いない。
え? NikonD700でムービー
なるほど。これでも俺のZi6並の画質かも。
人さまざまでしょうが、<デジタルに比べてフィルムが「めんどう」だ>というのは主たる原因ではないと俺は見ているのだ。
それよりも、<デジタルより絵が良いとも思えないのに、撮る度に金がかかるのはバカバカしい>と考えてしまうからではないかな(思い起こせば俺はデジタルを始めるとき、まさにその逆のメリットを感じたから写真趣味を復活させたのだった)。
画像を得る手段を単にデジタルからフィルムに戻す という発想ならば、時代に逆行するだけだからメリットを感じないというのはアタリマエだ。
俺は中判にしてみることで、全く新しい気持ちで銀塩の楽しさを再発見することが出来た。
まず質感のある重たい中判カメラが今時のプラスチックカメラにない新鮮さを与えてくれること。
そして、撮影することそれ自体の姿勢が全く違うことに気づいたことだ。絵を描く様なつもりで撮る。
デジタルでバシャバシャ撮るのとはまったく違う考え方で被写体に向かえばいいのだ。デジタルで撮る代わりにフィルムで撮るのではない。フィルムという絵の具を使って中判カメラという筆で絵を描くのである(う〜む。我ながら名言だな)。
カメラを持って出かける数日前から、絵を描くイメージを頭のなかに思い浮かべる。当然デジタルは併用しない。
こんなテンポの撮影だから、中判なら多くても120フィルム2,3本だ。1本も取り終わらないこともよくある。フィルム代も処理代もタダではないが、お金を気にするレベルの量ではない。
そして撮影がさらに大きなフィルムになればさらに絵を描くというイメージは明確なものなってくると思うのである。
これが俺流フィルム回帰だっ。....しかし満足のいく写真は未だに1枚も撮れていないのでR。
追記:フィルムに戻れない理由で有力なのがあった...。みんな忙しいに違いない。
俺、暇だもんな。
今日本屋に寄って今月のカメラ関係の雑誌を手に取った(決して買いはしない)。今更のことを書くが、どの雑誌も猫も杓子もデジタル一眼ばっかりなんだな。うんざりした。(デジタルがダメでフィルムがイイなんていう話ではないんだょ)
デジタル1眼しか売れないからそうなるのは明らかなのだが、なんだかとても気持ち悪くなった。
日本カメラやカメラアサヒは定期的に中古のデジカメやフィルムカメラの特集をやるけれど、同じネタの繰り返しであり、ちょっと古いカメラのことを知ってる人にとってはバカにすんな的浅い内容で全くつまらない。枻出版のカメラマガジンはフィルムオンリーの雑誌だが、これとて似たようなレヴェルだ。
まだ女子カメラとか、あとなんだったかトイカメラの類いに特化した雑誌の方が上述の雑誌より新鮮みがあってよっぽどマシだとは思う。
(そういえば、そんなうわべだけのコマーシャリズムな雑誌とは一線を画していた、<ジジイカメラ雑誌>写真工業が12月で休刊となった。休刊というのは廃刊と同じ意味だ。とても悲しい。)
さて、さらに見てみればデジタル一眼ばっかりなことが気持ち悪いだけではない。小型カメラ(35mm判)ばかりなのはもっと気持ちが悪い。どの雑誌も前提が35mmカメラだ。何故に中判や大判は蚊帳の外なのだっ!?
ま、それは数が出ないからに決まっているのだ。中大判の情報誌なんてペイしないからに決まっているのだが、なぜか今日、俺は小さな街の本屋の片隅で、中判や大判に特化した情報がないことに対しての不満がフツフツと沸いてきたのである。いや、中判大判限った話でもない。暗室の情報も、カメラの改造等の情報も、オルタナティブ処理に関する情報も、写真王国日本なのにその国の雑誌に何も情報がないではないかーっ!
売ってるカメラ買ってただ使うだけならそれは文明の野蛮人ではないのかっ(最近このコトバ、気に入ってよくつかてる)。... なら俺のすべきことは何なんだー! 俺に出来ることは何なのだーっ?
... つづく
そうとう長い間フィルムを入れっぱなしにしといたんだろな。
それはともかく、eBayに出品されているかなーり使い込まれたM3の写真も貼られてた。
リンクをたどって出品されてる物を見てちょっとびつくり。シリアルが俺のM3にかなり近い。200番しか違わず、100の位の数字以外はまったく同じ。
となると俺の生まれた年と同じ製造年ってことだ。
うーん、この半端じゃなく使い込まれたブラックのM3はいったいどんな運命をたどってきたのだろう。そしてそれと同じ時期に造られた俺のM3もいったいどういう人の手を渡り歩いて来たのだろう。
カメラを眺めては、その運命にちょっと思いを馳せてみる... 。
ただそんだけ
死んだ親が何か言ってるとか、仕事に関する気がつきとか(ヒラメキというまでには至らない)、目覚めたその瞬間はスバラシ!と思うけれどもすぐに忘れ去ったり、仮に後で思い出すことがあってもそれはくっだらねーことだったりして得る物は実はあまりない。
で、今朝のお告げは「なぜにお前は銀塩でこんなにたのしめるかー....それはデジタルが普及したからなんだぞーぉ!」というものだった。
今更言う事でもないが、俺みたいなものでも一昔前のプロのような道具を持てるのは、デジタルが普及したおかげで銀塩の道具がアマチュアからもプロからも不必要とされて、その結果機材がちょー安く市場に出回る様になったからだ。
今の俺は数日前からの書き込みにもある様に、デジタルに対して「飽きた」とか「つまらね」とか後ろ向きの気持ちばかりなのであるが、どっこいあんたが楽しめるのはその他ならぬデジタルのおかげなんだよ、忘れんな! 的お告げだったのである。
このジレンマに俺はどう立ち向かえばいいんだっ?! (まぁ普通に喜んで安くなった銀塩買えばいいんだけど)。
量販店では売れる機種を全面に押し出す。ニュースで取り上げられていた店舗ではシャープの売り場面積を2倍にしたとか。
そのおかげで、売れないメーカー、例えばこの店舗では三菱などは裏の方に小さく押しやられていた。さすがにかなりの物好きでなければわざわざ三菱の製品は買わないわな...と思わせる状況だった。「富めるもの増々富む」の裏には明らかに「弱いもの増々弱る」という事実がある。
デジタルビデオの世界ではSONY,パナソニック,ビクターの順に3強となっているそうだが、ビクターの人は「2位以内に入りたい」と強調していた。2位以内に入らないと投資の分が回収出来ず、新しい技術開発をしにくいという。なるほど。
メーカーと売る側の難しい関係もあるのだろうが、実際に売られている製品間にそれほどモノの差はあるとは思えず、もう少し弱いメーカーでも同じ土俵に立てるようにしてやらないと2位未満は全部無くなっちゃうんじゃないかという危惧もある。
生物の世界なら種の絶滅であり、多様化によって面白いものが出来てくるという原理から見れば非常に危機的状況である。
識者は「自分の強いところを見つけてそこに注力すればいいわけで、あまりいつまでも拘ってはいけない」(要するにやばいところは早く見切りをつけちゃえ)風なことを言っていたが、経済的にはそうでも新しい技術の発展ということから見れば、よろしいことではないんじゃまいか。
とは思いつつも今のこの危機的経済状況ではそんなこと言ってられないのだろうな。
ペンタ、オリンパスとも大丈夫? ...ではないだろな。そして富めるもの のはずのNikonもCanonでさえも安心出来ないというのが今の状況なのだろな。
E-30で話題のアートフィルタの中のファンタジックなんとかをちょちょいと真似てみてる。
「オリンパスがまともなカメラにこんな子供騙しの機能を入れやがって!」という気持ちが基本的に抜けない俺だ。
前にも書いた様に、今後発展するのなら面白いかもと思わないでも無い。例えばパラメーターが徹底的にいじれるとか、フォトショップ等と組み合わせて他のメーカーが真似出来ないくらいの膨大なライブラリを構築して行くとか。
でもその一方で、今のまま開き直って「撮って出しオンリー」ってのもありで、そうならいっそのこと「E-30 Fantasic」 とか「E-30 PopArt」 とかそういう絵を出すカメラ専用機を発売するくらいの思い切りがあれば根性があるなとも思う(^^
トイカメラが面白いというのも、そこまでいかなくてもE-1やE-300の色がイイというのも、あとでソフトでいじって同じ効果はいくらでも出せるのだが、そんな面倒なことをせずにそれが一つのカメラで一発で決まるから気分がイイというのがある。
Nikonのレンズのガラス削材にEco-Glassが使われて、それがリサイクルのガラスじゃないかって、品質を心配してるみたいなことが書かれているけど、エコガラスってのは光学性能を上げるために入れていたカドミウムとかトリウムとか各種の重金属や放射性元素を排除したレンズってことだよね。
一方で、家庭やオフィスに使われている窓ガラスの素材には、太陽光を断熱し、内部からの熱を逃がしにくく、CO2排出量削減に寄与する板ガラスをエコガラスって呼んでいるのも確か。日本でだけかな?
でも光学ガラスでエコガラスって言ったら、環境にまずいものを入れずに高屈折率や低分散を実現したレンズってことでいいんだと思う。
それともリサイクルするガラス素材のことをほんとにEco-glassって言うのだろーか?
がははー! いいぞー。なんでも小型小型と要望しすぎるきらいがあって、時々でかい方がいいじゃいかと思う事あり。
俺がカメラに求めるのは「シッカリ感」で、ちょっと大きくて重くても気合いを入れて撮るときは気にならない(と非力な俺が精一杯つっぱてみる)。
数日前から、コンパクトフラッシュを入れ忘れて数十枚を撮っていた。つまりxDの方に記録していた。
さて、別の撮影で撮りためていたコンパクトフラッシュのデータをパソコンに移したあとでそれを消去しようとしてE-3に入れ、全消去処理を。
あーっ!(「あ」には濁点を付けたい)
xDの方を消しちまったじゃぁねーかよー、このやろっ!
前にも何度か失敗をしてるのに俺はあほかっ! 消去するのはパソコンの方でやらにゃぁダメダベよ。
オリンパスもオリンパスだ! 消去確認のアラートに「xDですけどほんまに良いですかぃ」的注意をもっとデカク表示してもらいたいもんだ!
おかげで富士山を撮ったRAWファイルが全部なくなった。がっくし。
xDをカメラ内で消去してもインデックスだけ消えて、本来のデータは消えていないことを期待。
復活の可能性があるか、ちょっと調べてみよ。
誰か知ってる人いますか?
今回7機種もコンパクトデジカメを出したと言うことなんだけれど、前からコンパクトデジタル機でてたのかな。こちらを見るとデジタル一色の印象をうけるのがちょっと悲しい。どうせ日本メーカーのOEMだろう。
多様性が生物にとってとても大事なように、カメラにも多様性が必要だと俺は思てる。
なんでもかんでもデジタルで、日本製で、 ソニーやシャープのセンサーで、となったらなんとつまらない世界だろーかっ!
追記:今回出た7つのうちの一つは日本でも既に発売されているようでとても安い。このあたりはLeicaとはまるで違う。
さて、全く知らなかったのだが、海外ブランドのデジカメというのは既にかなり出ているらしく、ここにいろいろ情報があります。好きな人がいるんですね。すごい!
周辺減光してくれる(!)というのは面白く、これは日本のデジカメのOEMなのか、オリジナルなのか、それとも中国や韓国のものなのか? ちょっと興味が湧いてきた。日本のデジカメが母体になり、独自の進化が繰り広げられている? どうも俺が考えてたほど単純でもなさそう...
RolleiやVoigtlanderのデジカメなんてオシャレとしてもオモロいかも知れない。
... しかしフィルムカメラも負けずに多様化してほすぃ!!! フィルムつかわにゃ。
皇后はPen Sで撮影されたそうです。今、ワイドショーでオリンパスの米谷さんのインタビューを見た。
けっこう気になること書かれてます。
撮像センサーは(パナソニック)に限定していない事、マイクロフォーサーズに参加するメーカーが今は言えないが他にあるようなことを言っています。
-- これはウワサに登っているペンタックス(とサムスン?)を示唆しているのかも。
-- また既にパナソニックへのインタビューの時にも書いた様に、
現在コントラストAFに対応していない従来レンズでも1,2年のうちに(ずいぶん先だな!)ファームウェアの改良でマイクロフォーサーズ機のオートフォーカスに対応するつもりだ(全てのレンズについて保証は出来ないが、やらねばならないと思ってる)とも言っている。
-- それをしないと同じフォーサーズファミリーとは言えないでしょう。出来なければ名ばかりが似ていて、事実上全く別マウントってことになっちゃうもんね。
オリンパスはマイクロフォーサーズ機においていわゆる「一眼レフ」スタイルのカメラは作らないとも言っています。
さて、E-30?について。
発売は来年の第1四半期、ヨーロッパの市場でということ。明確な期日は示していない。
センサーについて寺田氏は固く口を閉ざした(パナソニックのG1と同じかもしれないし、でもそうなるとE-3との上下関係が難しくなるのでどうなのか?)とのこと。
-- CanonもNikonもこのクラスでは1500万画素付近まで上げてきているので、おそらくG1のセンサーで来るんだろうな。
さらにビデオ機能について尋ねると、直接のコメントは無かったものの、寺田氏は「ビデオ出力端子が無い」と言ったので、E-30?にはビデオ機能は付かない模様だとのこと。
-- 例の防塵防滴に代わる新しい機能という訳の分からない説明は、きっと動画機能だ!と俺は踏んでいたのだが、どうもハズレのようだ。
動画を載せる事は出来るが、今のAFシステムでは十分でないし、ハイエンド一眼に動画を載せることにあまり関心が無いとも言っている。
-- これは俺としては嬉しい言葉。Nikon, Canonが載せてくる中でオリンパスが載せないことをどうアピールするか(啓蒙するか)は大事だと思う。下手するとそれが理由で売り上げが落ちて、またオリンパス自体に元気がなくなる事は避けなければならない。
きっと動画についてはマイクロフォーサーズ規格で、動画カメラらしい形で出す事を考えているんだろうな。そう願いたい。
錯視そのものの意外性が楽しいのと、カメラやレンズには高性能を求めるくせに、その一方で自分の目は意外にもイイカゲンだということが分かるとまた楽しいから。
俺は当然素人で心理学など勉強したことはないが、本屋での立ち読みやネットでのつまみ食いで色々オモロい錯視を見てきた。マスコミに取り上げられて評判になった立命館大学の北岡先生の仕事などはあまりにも有名だ。
さて、たまたま見つけたサイトでちょっと感動したのが、科学技術振興機構のマインドラボ。
初めての方はぜひ30分くらいの時間を取ってじっくり見ることをおすすめ。
いろいろな錯視の現象をテーマに分けて分かりやすく、かつスマートなFlashのプレゼンで見せてくれる。
これを見て俺は自分の盲点の意外な広さ、そして盲点の補完機能、さらにサッカードの体験でビックらこいた。脳の高機能には全く驚くばかりである。
(サッカードの体験では、何度がチャレンジするうち、2回ほど秒針が2秒くらい止まって見えたので仰天したが、どうもこれはFlashがぎこちなく動く瞬間があってたまたまそれを見たのではないかと思ってる。本物の時計で2,30回試したが、同じような現象は現れなかった。またあとでやってみようとは思うが)
デジカメで撮った画像をパソコンで加工するのは軽い罪悪感を感じる時もあるのだが、何のことはない、網膜に写った像(RAWデータ)はその後脳で加工されまくられてるんだということが少し分かれば自信をもってイジクリ回すことができる!
沖縄古酒(クースー) その名も驚きの「瑞光」
少なくても2種類あるようで、リーズナブルな方は1,000円位
10年ものは5,000円位。
オリンパスファンなら買って飲むしかないね!
それにしても瑞光の字体を見ると、あのオリンパスのストラップを思い出さざるを得ない。
オリンパスは、古酒をマネたか?
このエンゲル係数、もう今は死語の感があるが、特にお金のかかる趣味の場合、◎◎エンゲル係数 (◎◎に入るのは道楽の名称)を概算してみればその人の熱中度(アホさ加減)の予想がつく。
詩や俳句と言ったあまりお金のかからない趣味から、骨董、車、船等々大変に出費のかさむものまで趣味の世界は多種多様だ。カメラや写真というのはお金のかかり具合からしたら中庸なのかもしれないけれど。
俺の場合はカメラエンゲル係数はたぶんかなり高い。車はねー、エアコンもねー、ちょっと前はケータイもねー(...吉幾三風)生活をしているのにカメラはそこそこある。
ポンコツカメラでもだんだんカメラがたまってくると、一つのカメラの機能が不十分でも全く気にならなくなる。あー、このカメラここがダメなんだよね。でもこっちのカメラではそれが出来るから...という具合だ。いつのまにか自分の心が広くなっているのを感じてしまった(んー、成長してる)。
マイクロフォーサーズの話が出たとき「今までのフォーサーズはどーしてくれんのよ」という声がネット上では少なからずあった。が、既に大人な俺は全く気にならなかった。あー、面白いカメラが出るんだから歓迎だ。
今度のパナソニックのG1が出ても同じだ。まー、こういうカメラもありかな。
出すと言ったのに出さないカメラメーカーがあるとそれは腹も立つが、相手も商売だから事情もかわるだろう。食品の偽装などと違う情状だろから、本気になって怒るのも大人げないと言うもんだ。「我が愛機は時代の銘機になった」と軽く受け流したいものだ。
ただユーザーがつよぉくアピールしてメーカーの路線が変わったり、ディスコン予定の品の生産を続けたりする例もたまにある。そういう熱もまた必要だとは思うのだ。
今日はワインを飲み過ぎて、何を言いたいのか分からなくなってきたのだ。ねむい。おはりっ!
連休中ながら家で仕事。
仕事進まず、イライラしたので、首からR-D1下げて散歩に出かけた。なごむ...。
数枚撮ったあとで、なんとSDカードを入れてないことに気づいた。
R-D1で撮影のときは液晶モニターを閉じて、フィルムカメラの感覚で使っているから気づかなかた。
ショック。家に戻ってまた出かける気力もなくし、
よりストレスのたまる散歩になってしまた。
*E-3がデュアルスロットであることに感謝。使えないxDピクチャーカードでも入れておけばいざという時に役立つってもんだ。
10人いれば10人が違った環境で見ているわけだから、デジカメの色や諧調やダイナミックレンジについて、少なくともディスプレイ上だけで見てあれこれ言うのは馬鹿げているのか?と思ってしまう。
つまりカメラの機種による僅かな画質の差より、鑑賞する環境の違いによる画質の差の方がトンデモナクはるかに大きいから、デジカメの画質について評論家のように細かな差を言うのは意味が無いのかとも思ってみたりした。はたしてそうなのだろーか。
今さらながら考えてみた。
***
タブロイド判で40ページ。電車の中で読むには最適。
紙が白くて、豊富な写真がキレイ。
この手の新聞は今まで読んだことがなかったが、なかなか新しくていいんじゃまいか。
写真週刊誌という言葉はあったけれど、これは写真新聞と言っても良いかもしれない。
昨日は天気がよかった。奥さんにプレゼントしたE-330を持たせて二人で散歩写真撮りにでかけた。
一眼レフを二人で持ってブラブラ(注:ラブラブではない)歩けるというのはけっこう楽しいものだ。始め「首から吊るすのは恥ずかしい」などとホザイていた奥さんだが、いつの間にか首から下げてた。
二人でカメラバッグも肩から下げては、花にマクロしては、神社や寺の屋根にレンズ向けては、その図はけっこう奇異な感じだろうが、もうそんなの気にしない大人な2人ではあった。
さて、うちの奥さんは昔、生意気にもけっこうまともなキャノンのフィルム一眼レフを使っていたのだが、昨日のE-330は勝手が違うのか、大分とまどっていた。
今時のカメラとはいえ、E-330はある意味でまだジャジャ馬的ところがややあるので、使いこなしにはある程度時間がかかる。単にシャッター押しただけではうまく撮れないシーンも多い。露出補正を教え、ISO感度の調節を教え、AF後のマニュアルフォーカス微調整を教え、ホワイトバランスを教え、おまけにライブビュー(これは俺もまるで初心者だ)。
そしてフィルムと違って撮影後の画像がすぐにチェックできるので、白飛びや黒潰れが激しかったら撮り直すなんて話をしたから、奥さんは頭がパニクっていた。ボタンの位置とその機能もすぐに結びつかない模様。
頑張れ!我が妻。
奥さんのパニクる様子を見て、今時のデジタル一眼レフなんて誰でも使えるということになっているが、けっこう多くの知識が必要だということを再認識した。俺たちは何気なく使っているが、それなりの時間をかけて頭にすりこんできたと言う事なのである。
(ってことを書いていると、露出計無しの昔のフルマニュアルなフィルムカメラの方がずっと簡単だということに気がつく。入射光式の露出計があれば露出補正すら考えなくてよい。ぁあすばらすぃ)。
さて、奥さんは今後デジタル一眼ライフにハマるだろうか。それともめんどくせぃとIXYデジタルに戻ってしまうだろうか。これは今後の俺の指導にかかっている事は言うまでもない(以前試みたモノクロフィルム自家現像体験プログラムは見事に失敗したのであった)。
写真俳句のブログなんてのがあるんだね。
まだ利用者はそれほど多くないみたいだが、どんどん増えるかもしれない。
親父達が集まって写真俳句やってるのを見ると、爺くさくてイヤなんだけれども、それ自身は面白そうなんだな。
それから、今日久々に紙に焼いてみた。
数日前撮った6×6のネガから。考えてみればブローニーから焼くのは、かつての仕事を辞めてから初めてだ。
フィルム現像もそうだったが、液温や時間はアバウト。取り扱いもうんとラフにやっちゃってる。そのくらいが楽しい。
生意気にもフォルテの温黒調のバライタ(2年前に買ったもので放置してた。まだ問題なく使えた)に焼いてみたのだが、いいかんじだ。現像は手元にあったこれまた古いFujiのコレクトールを使ってみた。
ちょっと緑色っぽい黒です。
んー、奥が深そうだな。デジタルよりずっとおもろいぞ。ちょっとはまりそう(でもすぐ飽きるかも知れない^^;;)
今日も暑いですね。お盆で帰省です。今日から明日あたりが一番混みそう。
1週間ブログの書き込みはおやすみぃ。
再構築などが遅くなりました。全体に重たい感じ。
さらにコメントをするとエラーが出ちゃう。そのうちなんとか直します。ってことでしばらくコメントは書き込めません。
ペンタックスのギャラリーがオープンしたらしい。
ついでに
ニコンギャラリー
オリンパスProギャラリー
Flickr等に代表される、写真をアップして皆に見てもらうサイトがちょいと気になる。Flickr使ってりゃいいんだけど、FlickrはYahooの傘下なので、Google周りのサービスと共有するのがイマイチだ。
日本発で一番元気があるのはZorgではないかな。今では当たり前になった感があるけれどGoogleMap上に写真を乗せたり、よく分からないが他にもいろいろ出来るもよう。容量が10Gバイト以上で少しずつ増えているから、まぁ普通に使う分には困らないかな。
Googleが買収したPicasaはPicasaウェブアルバム。GoogleEarthに写真を載せるにはPanoramioを利用しないといけない。これどちらかに統一してくれないかな。
これに自分で作ったMovableTypeのフォトログなんかもありで、いったいどれに集中していいのか迷ってしまうのもバカバカしいが迷ってしまうのだっ。
2つ前のエントリーでオリジナル写真集のことを書いたが、それに加えてOlio Photo albumというのも見つけた。なんだか写真から音楽までいろいろあってまだ正体がよく分からないのだが、我らがオリンパスが関与しているもよう。
ところで、MyBookはかなり本格的な編集が出来るなー。俺はフォトショップエレメンツにプラグインを入れて使ってみているのだが、制約は無いに等し い。AppleのiPhotoでの写真集作りはお仕着せのテンプレートに従わなければならず(まぁそのテンプレートのセンスは良いから助かるのだが)好き な所に文字を入れたり、勝手な場所に写真を配置したりする自由度が低かった。おそらく他の類似のサービスもそうだと思う。
がしかしMyBookのプラグインでは、規定されているのはベースになるページのサイズとページ数のみで、それ以外のレイアウト、文字の種類や配置、写真以外の絵の挿入等すべて制限ない。フォトショップのレイヤー上でで好きなように配置出来て何でもありなのだ。
逆に言えば、センスがないと何も出来ないことになってしまうのだが、時間をかけてじっくり作れるところが楽しい。
普段漫然と写真を撮っている人にとって、一度気合いを入れて写真集を作るつもりで撮影してみればさらに写真ライフが面白くなるかも。おすすめ。
少し前にAppleのiPhotoBookで写真集を作ってみたのだ。
「プロ顔負けの出来...」みたいなことが書いてあるが、それはウソです。俺が予想していたものより製本、印刷ともクオリティは低かった。贅沢な要求だが、どうせ作るなら市販の写真集と同じくらい品質を求めたいのだょ。
iPhotoBookは本体の値段は手頃なのだが、モノがアメリカから送られてくるので送料がバカにならない。十数冊印刷するとぶったまげる値段になる。
んでもっといいのはないかなーと探してみると、ARTBOOKというのがあった。かなり本格的なもよう。値段はそれなりに高い。渾身の1冊をつくるとなればこれが良いような気がするが、数十冊印刷するとなるとコスト的にちょっとパス。
んで
カメラコレクターと呼ばれる人たちの、半端ではない凝りようはすごい。
自分はとてもそんな風になるつもりもないし、なれるはずもない。
でもヤフオクを初めとして、中古のカメラを見るたびに、最近の銀塩カメラの安さと今の安っぽいカメラにはないホンモノの重圧さにかなりの魅力を感じる。
70年代の1眼レフやM42のレンズならまだしも、それ以前のヨーロッパを含めた1眼とか、レンジファインダーのライカ、コンタックスの類いや、それ以前の世界のコンパクトカメラ、スプリングカメラや二眼レフなど、昔は高くて手が出ないから自動的に迷わずに済んだのが、今は買えない事もないからはまったら恐ろしい。ちょっと本なんか買って、調べてみたら興味がわいてきて大変なことになることは予想できる。
R-D1を手に入れた俺は、「ライカは死んでも買わない」とちょっと前に言ってみたものの(その根拠は値段が高過ぎて自分には身分不相応なモノだからだったのだが、調べてみるとそうでもないということに気付いた)ここ1、2週間物色している自分がいる。
もちろんマトモなズミクロンやエルマリートなんかは買えないわけだが、エルマーやズマロンはいけそう。ズマールやズミタールならすぐにでも買っちゃいそうな勢い。
銀塩ボディの方も一時は金貯めてツアイスイコンにいこんと思ったが、中古屋行ったら、中古のイコンが一個じゃなく6,7台もずらりと売りに出ていてちょっと冷めた。やっぱり本物とはちがうんだよ、きっと。
そう思ったらやっぱりライカM3を買ってやらねばいけないと思って、俺にも買えるものなのか今詳細に調査ちう。
写真撮りもしないくせにカメラばっかりあってもしょうがない。でも欲しくなるからしょうがない。以前の同じ職場にいたおっさんが、クラシックカメラ200台持っていた。
それを思えばおれはまだまだじゃんじゃん買えるのだーっ。
最近と言うわけでもないと思うが、レコードが復権しているという話題をワイドショーで見た。
ジャケットが大きくていいとか、レコードをプレーヤーに乗せて針を落とす儀式がいいとか、匂いが懐かしいとか、まぁはっきり言ってクダラナいレベルの話なんだけれども、趣味のものだからそんなもんかと思う。
俺も学生の頃はレコードをだいぶ買ったが、CDはあまり持っていない。アナログレコードはCDとは比べようもない愛着がわくんだよね。
フィルムも同じようになっているようだがレコードと同じように考える事は出来ない。
言うまでもなく、レコードは記録されているものをプレーヤーで再生するモノだから、古いレコードが中古市場で流通している限りは(探すのがちと大変というのは別として)楽しむことができる。
フィルムは新しいモノを買ってきて自分で撮影するものだから、常に新しい製品が市場に供給され続けなければならない。
カメラ趣味始めると、金がかかる。が、
金をかけずに楽しむ方法もいくつかあるぞ。
ヤフオクでくそ安いM42レンズを捜すというものあるが、もっと金がかからなく、撮れる写真もいつもと違う物を捜すシリーズ!
(1)超濃いNDフィルタ
確か前に書いたけど、普通のガラスのNDフィルタは露出倍数8倍くらいまでしかないが、シートのフィルタだと10000倍位まである。俺は64倍のを使ってるが、6段シャッタスピードを落とせるから、昼間でも数秒オーダーのシャッター速度になるので、非日常的写真が撮れるよ。
なお、シートフィルターのホルダーはLeeとかCokinなどの舶来ものはくそ高いので、ケンコーのがおすすめ(もしかするともう製造中止か?)これだとFujiのシートフィルタと合わせて2千円ちょっとで買えるはず。
デジカメWatchの連載で安孫子さんのE-410レポートが出ているが、今回はなるほどと思わせるものだった。
安孫子さん曰く
「実用的な目的」というのは、「ISO1600が必要となる暗い場面で撮影し、Web用に縮小して鑑賞する、もしくはA4サイズに印刷する」ことを想定している。
確かに今の俺のデジカメの使用状況では、これで事実上問題は無い。当倍で見るとボロボロの画像でもWeb用でもちょっと大きめの1024×768のサイズに縮小すれば、ノイズはほとんど問題なくなる。
俺は紙にプリントするってことをほとんどしない(子供もいないし、友達いないし、人物を撮って知り合いに見せるってこともしないから)が、どうしてもプリントするときは銀塩でせいぜいキャビネサイズくらいだから、ノイズなんてまーったく気にならない。
5月31日の会見でHOYAの鈴木洋代表執行役CEOはカメラ部門について、
統合後もペンタックスの社名は残し、当面は独立性を認める考え。鈴木CEOは売却の憶測も流れたカメラ事業について「世界市場はまだ伸びる」と否定。ただ「(トップメーカーの)キヤノンやニコンには勝てない」と述べ、モデルを絞って希少価値の高い商品に力を入れ、生き残りを模索する考えを示した。
ということでひとまず安心だーっ。要するにガップリ4つは諦めて、個性を生かして行こうと言う事だろうが、ペンタやオリンパスはそういう商売の仕方が使命だと俺は思う。2強が出したくても出せないモノを出すのだ。
昨日書いた、「往年の名機ルックス」のコンセプトモデルを発表したのは上のような流れがあったのかと、納得。まぁあの程度ではツメが甘く、単なるノスタルジーでしかないが、例えばPENTAX Auto110のデジタル版とかはそれほど新しい技術がなくても出来るんじゃないかと素人は思うし、出てきたらすごく面白いと思う(フォーサーズになっちゃうか?)。
結局HOYAの子会社になったようです。ゴタゴタして結局初めの状況に戻った。
下世話な日刊ゲンダイの記事で、まぁペンタのブランドが無くなってしまう事はないと思うが、やや心配ではある。
価格.comを見ると、K10Dの値段がどんどん下がっている。 もうすぐ8万台だ!
(NikonD200やCanon30Dなんかと比べると、値下げ率はやや大きい)
とうとう...
ペンタックス、がんばれ!
ペンタックスのカメラは俺たちユーザーの物だぞ。みんなで応援しよう!
...と思た。
16日 追記:まだ受諾はしてないよ、とペンタックスが自身のサイトで言っている。
今時は、写真俳句、フォト川柳なんてのが流行っている。
森村誠一の「写真俳句の愉しみ 四季の彩り」を本屋で見つけたとき、これは面白いやってみようと思ったきり。俳句の素養などないから書こうにも書けずにこの本は本棚の片隅に忘れられた。
たまたま「フォト川柳」というキーワードで検索してみたら、いろいろ出てくる。川柳なら気軽にできるなと思ってもみるのだが、なんだか「庶民」臭が漂いすぎる。
. . . 高貴な俺には似合わないと思った。もっと格調高くいってみたいと思ったのである。
そこで歳時記を買ってきた。
俺のフォトログ「aran's Photolog」はインターナショナルを指向しているので(あまりに格調高いので誰のコメントも付いていないっ
)こっちはそのままにして、新しい写真俳句用のフォトログでもつくってやってみるか。
追記:森村センセイの写真俳句のページはこちら
たまにはお得情報を。
Prieaというサービスは、1回30枚で月1回まで写真をプリントして配送まで無料でしてくれる驚きのサービス。種明かしは、写真の一部に広告が印刷されるから。
2GBの写真を保管するスペースもあり。インターフェイスも使いやすいよ。
まだ俺はプリントを頼んでないが、これは良さそうだね。
ジュエルオーキッド(宝石蘭)と呼ばれるとても美しい葉を持つ蘭を手に入れたよ。マコデスという種類らしい。
ビロード風の生地に錦糸が絡めてある手作りの作品のようだ。錦糸には金のラメが入っている。うーんキレイダっ!
もっと明るいところで撮りたかったのだが夕方になってしまったので、今ひとつコントラストが低い。シャッタースピードが1秒以下だったので、三脚は使ったもののちょっとブレたかも知れない。
明るい太陽の下で撮ったらまた違う雰囲気になると思うがどうかな。ちなみにE-1でZuiko Digital 35mmマクロを使ったよ。
別なカットから、ラメの部分を等倍で切り出してみるとこんな感じ。このキラキラが凄い。
おまえ植物のくせにどうやってこの金属感出すんだよ!と問いただしてみたい。
今日はとても天気が良く、初夏の雰囲気すら感じられる少し汗ばむような一日だった。
E-1にツァイスのビオメタールとズイコーデジタルの35mm マクロを持って散歩に出かけた。
桜はもう終わりだけれど、散りかけた花と、花が落ちた赤いガクと、あおい葉が意外にきれいなもんだな。
Biometarのボケは非常にきれいだ。
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小さなパンジー。フォーカス部は非常に切れ味がいい。
写真はカメラで決まるんじゃないということを今更ながら感じたと言う話。
オリンパスのネット上のプロギャラリー見て思った。
Flashでトロトロやっているところが気に入らないが、作品はさすがに凄いです。
例えば4年も前に発売された500万画素のE-1で、こんな素晴らしい絵が撮れる。
俺はそれと同じ道具を使ってる。
カメラがあーだこーだ言っているのが恥ずかしいな。でもまぁカメラはカメラでうだうだ話をするのは面白いからやっぱそれはそれでいいんだよ、なんて酒飲みながらおじさんは思う。
HOYAとPENTAXの関係がヤバそう。PENTAXと言えば、俺が中学時代に初めて買った一眼レフの老舗中の老舗。だから絶対になくなってほしくない。もう株式公開なんかやめちゃってじっくり行くっつーのはどうだ。
コシナは銀塩にこだわる路線、これは他メーカーに無い(うんと小さいところは別ね)。
PENTAXは銀塩をデジタルに置き換えただけの質実剛健な一眼をやってくってのはどうよ。K10Dの最新技術をさりげなくオールドスタイルの金属ボディに隠す。中判デジタルもがんばれ。たくさんは売れないけど、熱狂的なファンに受けるモノを作り続ける事に価値があるってことを見せてやれ!
皆が大企業になってうまくいくなんてことはどうせ無いんだから、びっくりするような路線を期待するよ。ぜひ!
予算があるかどうかは別として、カメラ関係で無駄遣いするとすればどんな方向性が考えられるか、激しく妄想してみた。俺としてありえない順番に書いてみる。
(1)キャノンフルサイズ一眼とレンズ ex. EOS 5Dと良さげなレンズ 50万
(2)デジタルレンジファインダー ex. ライカ M8と良さげなレンズ 80万
(3)銀塩大判カメラ ex. タチハラフィルスタンド4×5と適当なレンズ 25万
(4)Foveonセンサーデジカメ ex. シグマSD14と良さげなレンズ 35万
(5)オリンパスE-1後継機種 25万位?
(6)銀塩レンジファインダー フォクトレンダー R3M+へリアーのセットとUltraWideへリアー 20万
(7)Foveonセンサーデジカメ ex. シグマ DP-1 10万位?
(8)広角コンパクトデジカメ ex. Kodak V705 5万(これだけしょぼいな)。
(9)デジタルレンジファインダー ex. エプソンR-D1sと良さげなレンズ 35万
(10)Zuikoデジタルを充実させる ex. Zuiko Digital 7-14mm 17万
ブログを整理して、URIと名前を変えた。
URIは http://arata.tv/camera/
今までのhttp://arata.tv/blog/ は別なブログになりました。
経営統合をアナウンスするPDFファイルには「対等の関係で」とあるが、ネットでの噂を見ると実質的に保谷に吸収されたと書かれている。
ペンタックスブランドは残るようなので良かったが、過去の例を見ると光学メーカーが合併して良かったことがないからちょい心配だ。
K100D、K10Dで生産が間に合わないくらいの受注をうけたとペンタックスは言っていたが、その程度のことでは喜んでいられないのか。厳しいな。
オリンパスよ がんばれよっ。我が道をいけよっ。
写真家、田中希美男さんのサイト Photo of the Dayは、あーだこーだ言う人も多いようだが、歯に衣着せぬ文章で俺は好きだ。
その中で富士フイルムのカメラの型番が3から5に飛んでしまうことについて
「4」をパスしたフジの理由ってのを聞いて笑ってしまった
とあるが、その笑ってしまう理由とは「縁起が悪いから」だ。
そう、病院に4(死)が無いのと同じ。富士の工場の製造部には第1製造部から順番に番号が付いているのだが、これも第4製造部がなかった(だいぶ前の話だが今もそうだろう,たぶん)。
迷信を重んじた伝統なのだ(やっぱ笑っちゃうな)。
中学時代の友達と写真を撮りながら旧交を温め合う会の一回目(今後シリーズ化するかも)at京都。
天気にも恵まれ、普段は超忙しい3人が(あ、俺は実は暇ね)3日間リラックスして楽しめた貴重な時間であった。
3人に共通の趣味である音楽でまずは楽しもうと、磔磔でブルースを聴き、翌日はカメラの薀蓄たれながら紅葉の寺社を巡り撮影。![]()
夜は祇園で串焼き食べながら古い話と未来を大いに語り合った. . . 。

