右と左の問題は考えれば考えるほど分からなくなる。古今東西の偉人たちが考えて色々悩んだ模様。
そこで俺が悩んでもそれ以上のモノは出てきやしないのだが。
写真を撮る人にとっては右と左の話は身近だ。2眼レフなどで覗けば左右が逆。ネガをプリントする時,ぼーっとしてると右左を間違える。フィルムをスキャンするときも注意しないと左右が逆になることあり。逆に取り込んでしまったら画像ソフトで左右を反転するのだが,とあるソフトでは「鏡像反転」と書いてあって,何故に鏡は左右のみを反転して上下は反転しないか?という古典的問題に出会ってしまって悩む。
ちょっと考えてみれば,幸いなことに写真は本質的に左右を逆に写すものではない。左右も上下も前後も逆に写す。これは被写体とレンズとその像の位置関係を考えてみれば明らかだ。全てが逆になるということはもう一度全てを逆にすれば完全にもとに復元することができる。これが真を写すと呼ばれる所以か。
全てを逆にして復元するとは,例えばリバーサルフィルムの鑑賞を考えてみれば,まずフィルムを被写体の方向に向ける(前後の反転)。次にそのままでは上下が逆さまだから上下に反転する。そしてそのままでは左右が逆だから表裏をひっくり返して左右反転。こうすることによって被写体とリバーサルの画像を重ねあわせることができる。
ところが初期の写真はそうではなかったもよう。銀板写真(ダゲレオタイプ)は,銀板が透明ではないから光の当たった方からしか見れず,最後の左右反転操作が出来ない。だから得られた画像は左右逆の鏡像を鑑賞することになる。記録材料が透過でないという理由だけで,なぜに左右だけが逆転せざるを得ないか。本来等価であるはずの3次元のx,y,z軸のうち,何故に上下と前後は復元できるのに左右だけが特別なのか?と考えると夜も眠れなくなる人が出てくるのではあるまいか。
そこで俺が悩んでもそれ以上のモノは出てきやしないのだが。
写真を撮る人にとっては右と左の話は身近だ。2眼レフなどで覗けば左右が逆。ネガをプリントする時,ぼーっとしてると右左を間違える。フィルムをスキャンするときも注意しないと左右が逆になることあり。逆に取り込んでしまったら画像ソフトで左右を反転するのだが,とあるソフトでは「鏡像反転」と書いてあって,何故に鏡は左右のみを反転して上下は反転しないか?という古典的問題に出会ってしまって悩む。
ちょっと考えてみれば,幸いなことに写真は本質的に左右を逆に写すものではない。左右も上下も前後も逆に写す。これは被写体とレンズとその像の位置関係を考えてみれば明らかだ。全てが逆になるということはもう一度全てを逆にすれば完全にもとに復元することができる。これが真を写すと呼ばれる所以か。
全てを逆にして復元するとは,例えばリバーサルフィルムの鑑賞を考えてみれば,まずフィルムを被写体の方向に向ける(前後の反転)。次にそのままでは上下が逆さまだから上下に反転する。そしてそのままでは左右が逆だから表裏をひっくり返して左右反転。こうすることによって被写体とリバーサルの画像を重ねあわせることができる。
ところが初期の写真はそうではなかったもよう。銀板写真(ダゲレオタイプ)は,銀板が透明ではないから光の当たった方からしか見れず,最後の左右反転操作が出来ない。だから得られた画像は左右逆の鏡像を鑑賞することになる。記録材料が透過でないという理由だけで,なぜに左右だけが逆転せざるを得ないか。本来等価であるはずの3次元のx,y,z軸のうち,何故に上下と前後は復元できるのに左右だけが特別なのか?と考えると夜も眠れなくなる人が出てくるのではあるまいか。

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