exPhotography : 俺の実験写真

更新は週にいちど。
 

右と左

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右と左の問題は考えれば考えるほど分からなくなる。古今東西の偉人たちが考えて色々悩んだ模様。
そこで俺が悩んでもそれ以上のモノは出てきやしないのだが。
写真を撮る人にとっては右と左の話は身近だ。2眼レフなどで覗けば左右が逆。ネガをプリントする時,ぼーっとしてると右左を間違える。フィルムをスキャンするときも注意しないと左右が逆になることあり。逆に取り込んでしまったら画像ソフトで左右を反転するのだが,とあるソフトでは「鏡像反転」と書いてあって,何故に鏡は左右のみを反転して上下は反転しないか?という古典的問題に出会ってしまって悩む。

ちょっと考えてみれば,幸いなことに写真は本質的に左右を逆に写すものではない。左右も上下も前後も逆に写す。これは被写体とレンズとその像の位置関係を考えてみれば明らかだ。全てが逆になるということはもう一度全てを逆にすれば完全にもとに復元することができる。これが真を写すと呼ばれる所以か。
全てを逆にして復元するとは,例えばリバーサルフィルムの鑑賞を考えてみれば,まずフィルムを被写体の方向に向ける(前後の反転)。次にそのままでは上下が逆さまだから上下に反転する。そしてそのままでは左右が逆だから表裏をひっくり返して左右反転。こうすることによって被写体とリバーサルの画像を重ねあわせることができる。

ところが初期の写真はそうではなかったもよう。銀板写真(ダゲレオタイプ)は,銀板が透明ではないから光の当たった方からしか見れず,最後の左右反転操作が出来ない。だから得られた画像は左右逆の鏡像を鑑賞することになる。記録材料が透過でないという理由だけで,なぜに左右だけが逆転せざるを得ないか。本来等価であるはずの3次元のx,y,z軸のうち,何故に上下と前後は復元できるのに左右だけが特別なのか?と考えると夜も眠れなくなる人が出てくるのではあるまいか。

4月テーマ:春色 優勝者

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世界89万人のフィルムを月に1本使うの会のみなさん,こんばんは。crown.png
4月テーマの投票が締め切られました。
優勝者は....スライさん!
投票総数25票,うち6票獲得での見事な優勝です。これぞ春の色という楽しさあふれた作品です。
次点はM2pictさんと黒顔羊さんで,これもまた素晴らしい作品です。

参加してくださったのは以下の方々です。楽しくも美しく,奥深い写真を見せていだだきました。本当にありがとうございます。
もともと見ず知らずのフィルム写真好きが偶然集まって,こんなにたくさんの素晴らしき写真が寄せられるとはなんて素敵なことでしょう。
... 乾杯! また次回も盛り上げてください。
9_tails,M2pict,りんのすけ,黒顔羊,amselchen,arata,Al Jean Pacile,whitesox,yy2828yy,ちーかま,PhotTon,道産子,Nobu,ちゃぴん,hito,motomoto,pimboke,kouko,星烏,zappagong,silky,はっし。,S-den,多能久,NeoN,akiaky(敬称略)。

現在は5月のテーマ,「後ろ姿」のアップが続いています。今月からFlickrに投稿してもらっています。メンバーでFlickrのグループにまだ登録してない方はこちらへどうぞ。

手段の目的化

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だんだん俺も電気モノが嫌になってくる年頃になってきた。自分の普段の生活を見ると知らず知らずのうちに電気モノを使わなくなっている。
電気のメモ帳(今時の呼び名を知らない),iPad等の類は既に使うのがめんどくさい。紙と鉛筆が一番早くて楽で快適。携帯電話は電話としてだけしか使っていない。飯を炊くのに電気炊飯器は使わないしその他の電気の調理器具もない。これからまた暑い季節がやってくるというのに,もう15年以上もエアコンなしで団扇と風鈴で涼をとっている。冬は当然昔ながらの石油ストーブ。ただのびんぼーとも言えよう。
普段から家の中にこもっているので,たまに外に出たときは運動がてらエスカレーターやエレベーターを使わず自分の脚を使って駆け登る。車は免許を返上し,もっぱら自転車,電車&バス。電気楽器をギンギンに使う音楽はウルサイから聞かない。そして写真はフィルムがすき。
...
ゲージュツ等においては,創作する側はもちろんのこと,鑑賞する側にも手段を目的化してしまうケースが多いもよう。
電気の楽器は嫌,デジタルはダメ,絵画は油絵,役者は生の芝居,野菜は堆肥で... と色々注文を付ける人は多い様だがなんと素晴らしくかつアホなことだろうか。思い入れや執着がその道の文化を発展させ,そしてそれを否定する勢力とによって新しいものとの融合が起きた。

電気を駆使し,新しいメディアを使うとアマチュアでも驚くほど楽に面白いことが出来るけれど,それは瞬間的であっという間に陳腐化するのだと俺は悟った。自分が飽きるのも早い。手を汚して土を捏ね,時間をかけて試行錯誤するモノを求めたい。
いまどきの世の中で,自分でつくった大きな箱に,自分でつくった感光材料を入れて写真を撮ることに情熱を燃やす人達がいるもよう。運が良ければ今年はそういう道に首をつっこむことが出来るかも知れないのだぉ。

ステレオ写真

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一つ下にも書いたように音のステレオ記録とその再生方法は色々な研究がされているようだが,画像のステレオはどうだろうか...などとワザとらしく言うまでもなく,あまり進歩がないに違いない。前にも書いたが,150年前のステレオカードと原理的には何も変わっていないのだ。たぶん。

去年あたりからブレイクすると騒がれている3Dというのは,単にド派手な画像の演出にびっくりさせられているだけのものじゃあないのかい。
止まっていた3D画像が動くようになり,画面が大きくなったということ以外に大きな進歩は無いように思う。今時の3D映画を1つも見たことが無い勉強不足の俺だが,少し前の3D画像はやたらと遠近感を誇張した過剰な立体感のものが目立った。
飛び出すことだけをアピールした絵。近くと遠くの物体の視差が大きすぎて頭がいたくなっちゃうような画像。田舎者3Dと呼びたい。CP+で見た富士フィルムの3Dカメラで録ったデモ画像がそれだった。画質も酷くまだまだオモチャの域を脱していない仕上がりにがっかりしたものだ。2台の35mmフィルムで撮った昔ながらのスライド写真をビュアーで見る方が遥かにマシであった。まぁエンターテインメントの世界だからこれで良いのであろう。

さて,2つのカメラをズラして撮影し,その視差によって立体感を感じる方法には自ずと限界がある。ステレオペアによってつくられるこの手の映像は,現実の立体物を見るときには決して起こらない理屈を利用している。当たり前のことだが,普段我々が見る映像は物体が1つしか無い。2つの目が1つの物を見ることによって右の目と左の目の映像に視差が生じ,また右目と左目でそれを捉えようとする眼球の内側への回転運動(ヨリ目,ハナれ目?),そしてボケ具合(焦点調整)などによって総合的に脳が立体感を感じるようになっているらしい。

それに対してステレオペアは現実と異なる2つの映像を左右の目に見せることになる。見つめる物体の距離と脳内で作られる立体像までの距離が異なり,両眼の眼球の間隔も普段の距離感とは異なるなど,通常の生活とは全く異なる環境で,無理やり立体像をイメージさせられる。そのため違和感を感じてしまうことがある。
静止しており,かつ立体感を無理に強調しない洗練されたステレオペアの画像ならまだしも,ド派手に動いて,立体感を強調するあまり不自然な視差の要素を詰め込んだステレオ動画なら頭が痛くなってしまうのも無理はない。
本来複数の要因で自然に認知されるべき立体感を,実物と異なる距離に置かれた2つの映像によって生じた「両眼視差」のみで立体感を感じるように強制させられるのだから無理が生じるのも分かると思う。

さて,このような両眼視差のみを使って実現する3Dの像を「立体像」と言うらしい。一方で「3次元像」という言い方がある。俺は同じものだと思っていたが,まるで違った。根本的に理屈が異なるのだ。
そもそも両眼視差を用いる立体像は何を再生するかと言えば,撮影した時のカメラの位置から見つめた立体像を再生するものだ。別の位置からの立体像を再生することは出来ない。その情報が記録されていないから当たり前である。両眼視差による今主流の立体像では,カメラの位置から見た以外の3D像を再生することは原理的に不可能なのである。

一方で3次元像というのは,スターウォーズに登場したR2-D2がレイア姫の画像を映し出すシーンで有名なあれそのものである。3次元像は,撮影した瞬間に全ての方向からの情報が記録されることで,それを再生すればあらゆる方向から眺めることが出来る真の3D写真ということだ。つまり今の技術で言えば,あの古くて新しいホログラフィー
もう60年以上も前にその原理が考え出されたというホログラフィーだが,今3Dがブレイクする時代となって,さらに一歩進んだ真の3D画像を実現するために,さらに進歩して欲しいものだ。空中に動くアイドルの立体像が浮かび,360°あらゆる方向から眺められるなんてことになったらオタクたち垂涎のモノになること必至である。

実際にこのホログラムをつくるのはそれほど簡単では無いようだが,やってやれないことはない。しかもなんと嬉しいことに必要な道具は銀塩フィルムである! 銀塩フィルムにレーザー光による干渉縞を記録する。レンズ不要。現像したフィルムには細かい縞々模様が写るだけ。そこに再生光を当てると3次元画像が浮かび上がり,あらゆる方向から眺められると言うのだ。
面白すぎ。こんな技術が今から60年以上も前に発明されていたのだ。これはフィルム好きなら一度はやってみなければイケナイ。
今年の秋から冬のテーマとしてチャレンジしてみるかのぉ。

上下から聞こえる

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上下方向からの音を従来の左右に配置したスピーカだけで再現する技術を見た。トランスオーラルというらしい(教育テレビのサイエンスzeroではNHK技術研究所の成果を取り上げていた)。
人が音の方向を知覚するのは左右の耳に入る音の大きさの差,時間差,位相差などによる。ダミーヘッドの耳穴にマイクを付けて収録し,耳たぶによる反射や頭による反射,肩による反射によって生じる時間差や位相差などを徹底的に分析し,同じ音でも方向の違いー特に上下方向からーのスペクトルの違いを特徴的に捕らえ(頭部伝達関数),またそれをもとに音を加工する研究。
上下音情報を付加された音は2chステレオながら,左右に加えて上下方向に音が分布する面白いものであった。つまりダミーヘッドを用いてバイノーラル録音をしなくても,すでにある音源を加工するだけでバイノーラル化することが出来る技術と勝手に解釈した。
いずれ個別にチューニング出来るようになれば,一つの音源でありながら一人一人の頭の形や耳の位置にマッチする音場を再現出来るようになるのかも知れない。

昔バイノーラ ル録音が流行ったとき,ヘッドホンで聞いた音は自分の顔の前に音が定位することは無く,頭の中から後方にかけて音がぐるぐる移動するだけだった。理屈では再現出来るハズなのに,そうならないと言うことは何かがまだ足りないのだろうと思っていた。今,2つのスピーカーで聞くこの新しい技術がそれをずっと上回ることに期待。

ただ,これもなんだかデジカメで撮ったデータをあとでいじくりまわしているものと同じような気がして,オヤジ世代は素直に 喜べ無いかも知れない。ワンポイントマイクで録った良質の録音を,狭目に置いた2つのスピーカーで音量を上げて聞けば,左右にも上下にも音が広がる。それ で十分だと思ってしまっては技術が進まないのだろうが...。

さて,写真のステレオだが...またあとで
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村上新。男,50歳,ここは俺のPhotographyのブログ。
すべてが実験なのよっ。

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